楊海英(静岡大アジア研究センター長)

 台湾総統選投票日の1月11日夕、私は台北市内の地下鉄に乗って郊外にある喫茶店を目指していた。車内はほぼ満員だったが、普段見られないほどの静寂感に包まれていた。老若男女問わず、みなスマートフォンの画面を食い入るように注視し、総統選の開票結果の速報を見ているが、乗客はみな、穏やかな表情を浮かべていた。

 実は私は4年前にも、さらにその前の総統選も観察していた。あの頃は今回と完全に違っていた。独立志向の強い民進党と中国との融和を優先する国民党、その双方の支持者たちが強烈な闘いを繰り広げていた。

 爆竹を鳴らしたり、派手な旗を振りかざしたりして、狼煙(のろし)を上げていたからだ。そして、どちらの候補も自身の政治的な主張を述べるよりも、相手を攻撃する言葉を多用した。そうした過去と比べると、今回の静かな様子には隔絶の感すら覚える。

 このような平和で穏やかな静けさは、台湾国民の成熟と民主主義制度の定着を物語っている。というのも、以前の選挙の際に、私のような観察者も容赦なく某候補の地元にある祠堂(しどう)に連れて行かれた。祠堂には一族の祖先が祭られている。総統候補の誕生は一族にとってこのうえない名誉だから、親族という血縁的紐帯を基本とした選挙戦が堂々と展開されていた。選挙は確かに民主主義制度の現れだが、祠堂に集まった人々を中心に票集めしていた事実はまぎれもなく前近代的だ、と私は内心酷評していたものである。

 当然、今回の選挙でも祠堂の役割は変わらないが、それ以上に若い世代の動向が注目されたのである。

 「台湾の学生たちが投票に帰った」、と知人の大学教員から聞いた。熱心な若者もいるもんだなあ、と思いながら台北に着くと、世界中から続々と帰国していると報道されていた。既に選挙戦最終日の10日には各国に留学ないし勤めている若者たちが帰り、候補者たちの最後の訴えに耳を傾けていたという。そして、その最後の訴えを聞き、一斉に帰郷の途についた。投票権は故郷にあったからだ。台湾各地へと、深夜バスと電車は世界中から集まってきた若者たちを乗せて走った。

 喫茶店で私は、以前に教えていた学生や知人らと再会した。午後8時過ぎに民進党候補で、現職の蔡英文氏の当確が宣言されると、知人たちは静かに勝利を噛みしめた。予想通りに、蔡氏は終始リードし、最終的には817万票を獲得した。2位の国民党候補、韓国瑜氏は552万票と、大きく引き離す結果となった。
台湾総統選の選挙活動中、選挙カーから支持を訴える民進党の蔡英文総統(右)=2020年1月、台南市(共同)
台湾総統選の選挙活動中、選挙カーから支持を訴える民進党の蔡英文総統(右)=2020年1月、台南市(共同)
 言うまでもなく、若者たちの動向が蔡氏の再選を促した。若者たちのほとんどが「天然独」(てんねんどく)、すなわち「生まれながらの独立派」だからだ。この覚醒した若者たちが台湾のホープであり、台湾の未来を決定しているのである。

 では、中国は今後、いかなる対台湾政策を打ち出してくるのだろうか。そのポイントを理解するためには、北京の対台湾政策の変遷を振り返ってみる必要がある。