では、台湾には習氏の「一国二制度」による「求愛」を受け入れる素地はあるのだろうか。答えは否だ。中国と周辺民族との近現代史が台湾国民に中国共産党の欺瞞性を教えたからだ。

 例えば、内モンゴルの歴史を回顧してみよう。中国共産党は結党直後の1922年7月に「モンゴルとチベット、それにウイグルとは連邦を形成する」と宣言していた。その後、27年にも「内モンゴル民族には自決権がある」と同党の綱領で書いていた。

 言うまでもなく、自決権とは分離独立権を指す。そして、共産党の軍隊(紅軍)が毛沢東に率いられて南中国から北部中国の延安に逃亡してきた35年12月には宣言書を公布し、「モンゴル民族にはトルコやウクライナ、それにコーカサス諸民族のような分離独立権がある。また、他の民族と連邦を形成する権利を有する」と強調していた。このように、中国共産党は結党当初から日中戦争が終結するまでずっと開明的な民族政策、それも完全な分離独立権(自決権)を認める政策だった。少数民族には少なくとも漢民族の中国人とは連邦制に基づく国家を建立する権利がある、との政策を打ち出していた。

 しかし、いざ日中戦争が終わり、国民党政権が台湾に移行すると、ただちに民族自決権を与えるとの約束を反故にした。約束を否定したうえで現れたのが「民族区域自治」だ。今日、内モンゴル自治区と新疆ウイグル自治区、それにチベット自治区などすべてが限られた地域で、文化的自治を実施する、という有名無実の制度である。

 では、この区域自治制度が守られているかというと、こちらも答えは否だ。内モンゴルでは遊牧していたモンゴル人が強制的に定住を命じられ、エリートたちは文化大革命中(1966~76)に数万人単位で粛清された(拙著『墓標なき草原』岩波現代文庫参照)。

 当時、人口約150万人弱のモンゴル人に対し、中国は34万人を逮捕し、12万人を傷つけて身体障害者とし、2万7900人を殺害した。今日、人口約800万人のウイグル人に対し、約100万人を強制収容所に閉じ込めている。こうしたジェノサイド(民族を滅ぼしかねない大量殺害)の規模と過酷さはどれもナチスドイツを彷彿とさせるし、台湾国民にとって、まさに「一国二制度」がもたらす悪夢に見える。
新疆ウイグル自治区の区都ウルムチのモスク(イスラム教礼拝所)周辺で警戒に当たる治安要員ら=2018年9月
新疆ウイグル自治区の区都ウルムチのモスク(イスラム教礼拝所)周辺で警戒に当たる治安要員ら=2018年9月
 台湾と香港、そして内モンゴルと新疆。中国共産党の少数民族政策も「一国二制度」も、当事者にはすべて悲劇をもたらしている。こうした悲劇は今日、中国の対外膨張に伴って世界各国にも悲劇を与えつつある。その中国の「独裁者」習氏が今春に国賓として日本にやってくる。日本国民は現代史から何を学び、どう行動すべきかということも真剣に考えなければならない。