かつては正社員が大多数だったし、各会社に労働組合が結成されていた。そのため、労働基準監督官に頼らなくても労働者が安全に働ける環境を守ることができた。その結果、会社内で起こることについて、明確に刑法に抵触するような事件以外は、公権力が介入しなくなった経緯がある。

 時代が変わり、非正規労働者が多数になった現在では、各会社に労働組合があることは珍しくなった。しかしながら、憲法28条と労働組合法では労働者の会社内の自治権が保障されているため、警察権を持っている労働基準監督署は積極的に介入しない方針を維持している。

 そのため、大多数の労働者は、会社内で労働トラブルが発生しても、公権力の介入が期待できなくなる。こうして、会社側からの理不尽な加害を甘受することだけを刷り込まれることとなった。

 また、会社法の改正によって、少額の資本金で会社を興せるようになり、はなから労働法を守る意識がないブラック企業が跋扈(ばっこ)している。厚労省が、パワハラをはじめとしたハラスメント対策について、実態にそぐわない素案しか挙げられない背景にはこういった事情がある。正確な実態を調査しようにも、専門家の数も足りない上に、法的な介入が難しいケースが多々生じてしまうのだ。

 残念なことに、会社が公権力の介入を許さない閉鎖的な空間となる中で、新たな問題が生じている。弱い立場のはずの労働者が、さらに弱い立場の人への加害に走るケースが顕在化してきているのである。正社員が非正規労働者に対して行う差別的な対応がそれである。

 この問題が顕在化してきたことについて、私はパワハラやセクハラとは無関係ではないと考えている。弱い立場の者を隷属(れいぞく)させることで愉悦を満たすゆがんだ心理がパワハラやセクハラの増加につながっているのではないだろうか。また、先述のように、会社という閉鎖的な空間になると順法意識が薄くなる心理も影響しているように思う。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 根本的な解決を図るには、厚労省はもちろん、国がきちんと法的な線引きを行う必要があるのは言うまでもない。ただ、最も重要なのは、先に述べたように「会社は順法意識が薄くなりやすい閉鎖的な空間であること」を意識し、常に風通しをよくすることだ。

 そして、労働形態や役職、性別に関係なく公平性を保つ意識を社会全体で醸成していくことが重要だと考える。