松崎一葉(筑波大教授)

 労働施策総合推進法が改正され、今年6月に通称「パワハラ防止法」が施行される。今後は「職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務」となる。それに先立ち、昨年12月には厚生労働省のガイドライン(指針)案が示されており、これに対応するため企業や自治体では、ハラスメントを防止するための研修やコンプライアンス体制の強化への取り組みが進んでいる。

 だが、この取り組みによって組織のハラスメントは実質的に減るのだろうか? 本稿では、わが国のハラスメントの特徴について解説し、企業がとるべきハラスメント対策の根幹について述べたい。

 わが国の、特に大企業におけるハラスメントの特徴は二点に集約される。

 一点目は、多くのハラスメントは、上司にとって陰湿な「イジメ」というより、むしろ「良かれ」と思っての「過剰な強圧的指導」であることだ。

 なぜなら、ハラスメント的な強圧的指導をする上司は、次のような信念を持っていることが多い。

 「イマドキのゆとり世代・さとり世代の若者には、これくらい厳しく指導しないと一人前にならない」「俺はお前を成長させるために、あえて愛のムチを振るっているんだ」「それをハラスメントと言うなら通報してみろ、俺に悪意はない」「会社の業績向上のためには、これくらいの厳しさが必要」といったものだ。

 そのため、コンプライアンス通報を受けて指導方法に対する改善命令が下っても、彼らは心の底では納得せず、マキャベリズム的な誤った発想を持っている(マキャベリズム:目的のためには手段を選ばず、また反道徳的な行為でも結果がよければ正当化される)。同時に企業側も、ハラスメント事例を判断する際に「悪気はないよなあ」と、ついつい甘い処遇になりがちなのである。

 この構造がわが国のハラスメントの根本的な是正を阻害している。多くのハラスメント行為者は「自分の強圧的な指導は、会社のための必要悪である」との思い込みがあるのだ。

 このタイプの行為者は、実際に仕事がデキる人であることが多く、自分の仕事のスタイルを部下に押しつける。部下の意見を聞き入れず、自分の駒として、とことんこき使って仕事を遂行し、高い業績を上げていく。このような「とてもデキる」けれども「部下に強圧的な態度をとる」タイプを筆者らは「クラッシャー上司」と定義している。つまり、部下をどんどんつぶし(クラッシュ)ながら業績を上げて出世していくタイプである。

 彼らが高い業績を残すが故に、会社はクラッシャーを本気で処罰することができない。その結果、クラッシャーは知らず知らずのうちに会社の経営幹部まで上り詰めていくことになり、企業のハラスメント体質は、さらに是正されにくくなるという悪循環に陥るのである。
※写真はイメージです(GettyImages)
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 二点目は、被害者側もハラスメント的な指導自体は間違っていないと認識していることだ。
 
 この問題には、部下・被害者側に生じやすい、抱え込みの構造がある。つまり、被害者は「これだけ厳しい指導をされ、人格否定をされるのは自分の能力のなさが原因だ」と自己批判的に認識して、ハラスメントを通報せずに抱え込むのである。

 その結果として、長期化したハラスメントに忍従したストレスで、精神を病み、時には自殺することになる。筆者らが産業医学の現場で経験したメンタル不全事案では、内省的で生真面目な部下ほどこのような傾向が強かった。会社への帰属意識が強く、忠誠を誓い向上心が強い部下ほど抱え込みやすく、クラッシャーにつぶされやすいのである。