荒木和博(拓殖大海外事情研究所教授、特定失踪者問題調査会代表)

 2月3日に拉致被害者、有本恵子さんの母、有本嘉代子さんが逝去された。享年94歳。訃報を知ったのは6日、韓国のソウルにいたときのことだった。当日は密葬で、それまでご家族は嘉代子さんの逝去を表に出されなかった。

 「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)で、嘉代子さんは唯一の大正生まれだった。もう家族会で残っている親世代は嘉代子さんのご主人の明弘さんと横田滋さん・早紀江さんご夫妻の3人だけである。

 小泉純一郎首相が訪朝した平成14(2002)年9月17日、当時の家族会の方々は外務省飯倉公館で「5人生存、8人死亡」という「宣告」を聞かされた。当時、支援組織「救う会」の事務局長だった私も佐藤勝巳会長とともにその宣告を聞いている。

 「死亡」とされた被害者ご家族は、一組ずつ小さな部屋に呼ばれ、福田康夫官房長官や植竹繁雄外務副大臣から「亡くなっています」と告げられた。「お嬢さんは亡くなられています」と聞かされた父の明弘さんは「殺されたんや」と言ったが、まさかあのとき政府が何も確認しておらず、北朝鮮の言ったことを伝えただけとは誰も想像すらしていなかった。飯倉公館から衆議院第1議員会館の会議室に戻って記者会見をしたのが今も時々映像で流れる、横田滋さんが言葉に詰まって泣いた、あの記者会見だ。

 記者会見が終わってから、家族会と「救う会」役員で今後のことを協議した。このとき何が話されたか、私自身、実は全く覚えていない。おそらく茫然(ぼうぜん)自失の状態だったのだろう。

 でも、話し合いを終えた後、嘉代子さんから「確認できるまでは信じるわけにいかない。私たちは最後までやるから」と言われ、かえって励まされたことだけは記憶に残っている。
2002年9月17日、「8人死亡」を告げられ、悲しみに暮れる(左から)有本恵子さんの母・嘉代子さん、横田めぐみさんの母・早紀江さん北朝鮮の拉致被害者家族ら
2002年9月17日、「8人死亡」を告げられ、悲しみに暮れる(左から)有本恵子さんの母・嘉代子さん、横田めぐみさんの母・早紀江さん北朝鮮の拉致被害者家族ら
 翌年1月、救う会に寄せられている失踪(しっそう)者情報のうち、「拉致の可能性を完全に排除できない」事案を専門に調べる新しい機関「特定失踪者問題調査会」が発足し、私は救う会を離れた。その後も、神戸のお宅にお邪魔したり、お電話をいただいたり、有本さんご夫妻との交流は続いた。