ところが、昨年お宅に伺ったとき、嘉代子さんは入院中だった。職人気質で普段弱音を吐くことのない明弘さんが「あと1年もつかなあ」とつぶやいたのを聞いたときは正直ショックだったが、実際その通りになってしまった。

 嘉代子さんのことを思うと、これまで亡くなった多くの政府認定拉致被害者や特定失踪者のご家族の顔が次から次へと浮かんでくる。ご家族だけでなく、救出運動に参加して先に逝ってしまった人たちも少なくない。そして、われわれがまだ知らないだけで、北朝鮮で一生を終えてしまった被害者もいるはずだ。

 嘉代子さんに対して、政府がどうするのかはわからない。しかし、どれほど手厚くしたところで、嘉代子さんが帰ってくるわけではない。安倍晋三首相が述べた「痛恨の極み」という言葉は、悪意に解釈すれば「責任はない」ということである。

 拉致をしたのは北朝鮮でも、それを防げず、取り返すこともできなかった責任は明確に日本政府にある。何よりもなすべきことは恵子さんを取り返して、せめて母の墓参りができるようにすることではないだろうか。
 
 話は変わるが、嘉代子さん逝去の報を聞く前日、夜の予定がなかった私は、ホテル近くの映画館で「南山の部長たち」という映画を見た。この映画では「10・26」、1979年10月26日に起きた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺に至るまでの40日間が描かれている。

 「南山(ナムサン)」というのは、かつて韓国で強大な権力を持っていた中央情報部(KCIA)の隠語だ。韓国映画にありがちな左派偏向もうかがえ、現実と違う部分も結構見受けられたが、映画として見る分にはなかなか見応えがあった。
拉致被害者家族会・救う会合同会議終了後、会場を出る有本明弘さん=2020年2月9日(鴨川一也撮影)
拉致被害者家族会・救う会合同会議終了後、会場を出る有本明弘さん=2020年2月9日(鴨川一也撮影)
 現実の「10・26」のとき、私は23歳だった。大学の卒論で朴正煕をテーマにし、今でも自分の一番尊敬する人は朴正煕だから、暗殺の報に接したとき、韓国はこれからどうなるのだろうと思ったのを覚えている。

 後になれば、朴正煕もどこかのタイミングで辞任していればとか、陸英修(ユク・ヨンス)夫人が暗殺されていなければ、などといろいろ思いを巡らせてしまう。ただ、本人は大邱師範学校時代の恩師、岸米作に「クーデターで権力を取ったのだから、やがて自分が命を失うことになるかもしれない」という趣旨の話をしていたという。本当に死を覚悟しながら、大統領の職にあったことがうかがえる。