私が朴正煕に魅力を感じるのは、美化されたスーパーマンのような人間像に対してではない。さまざまな挫折を繰り返し、失敗もして、それでもともかく韓国を中進国に引っ張り上げた、その生き様にある。

 1961年5月16日、クーデターを起こして政権を掌握した後の韓国の状況を、朴正煕はのちに「火事で丸焼けになり、家財道具をことごとく盗まれた家にやってきたような気分だった」と述べている。一人あたりの国内総生産(GDP)が80ドル程度だった世界の最貧国の一つで、米国の援助がなければ生きていけなかった韓国を中進国にしたのは、命を失う覚悟がなければ、成し遂げられなかっただろう。

 もし、彼を独裁者とするなら、同じ民族の独裁者として金日成(キム・イルソン)と比べた場合、どちらが国民を幸せにしたかは明白だ。朴正煕は3千人の国民を不幸にしたかもしれないが、3千万人の国民は幸せにしたといえる。だが、金日成は2千人を幸せにしたかもしれないが、2千万人は不幸にしたのではないだろうか。

 洋の東西を問わず、どうせ政治家は、歴史の前では使い捨てられる運命にある。憲政史上最長の任期を更新し続ける安倍首相であっても、あまり時間が残されているとは言えない。

 拉致被害者の救出も、靖国(やすくに)神社の参拝も、北方領土も尖閣諸島も、国民がこれまで安倍首相に期待したことの大部分は積み残されたままだ。だから、この際は自分が暗殺されると思って、やり残したことをやってもらいたい(ただし、私は安倍首相が事あるごとに強調している憲法改正はやらない方が良いと思っているが)。

拉致被害者の有本恵子さんの母、嘉代子さんが逝去したことを受け、記者団の質問に答える安倍晋三首相=2020年2月6日(春名中撮影)
拉致被害者の有本恵子さんの母、嘉代子さんが
逝去したことを受け、記者団の質問に答える
安倍晋三首相=2020年2月6日(春名中撮影)
 そのためには、日本国民も「安倍さんを守らなければ」という無責任な声援ではなく、厳しい𠮟咤(しった)が必要になってくる。

 今までのやり方では、拉致被害者を救出できないことはもう明らかだ。だから、これまで日本の中で隠してきたことを表に出さなければならない。

 それは北朝鮮をどうこうする以上に難しい。しかし嘉代子さんをはじめ、拉致被害者(もちろん現在認定されていない人も含め)とその家族にいくばくかでも申し訳ないという思いがあるのであれば、自身の政治的生命のみならず、物理的生命も懸けてやり遂げる必要がある。そうでなければ、嘉代子さんも、そして安倍首相を心から信頼している明弘さんも裏切ることになる。