中村逸郎(筑波大教授)

 ロシアと聞いて、皆さんは何を想像するだろうか? 自国を軍事大国とあけすけに自慢したり、どんなにドーピング疑惑が深まってもスポーツ大国と得意げな顔を見せたりする国。多くの人は、そうイメージするのではないか。だが、かつてのソビエト連邦を知っている世代からすると、かの国は「スパイ大国」のイメージが強い。

 その印象が定着したのは1950年代である。ソ連のスパイが、第二次世界大戦中にアメリカとイギリスが原子爆弾を共同開発した「マンハッタン計画」を盗んでいたことが発覚した。いわゆるローゼンバーグ事件である。スパイの暗闘に、欧米諸国で戦慄が走った。

 それから月日がたった2018年2月のある日。寒空が広がるモスクワ都心にて、私自身もロシア人スパイの標的となった。

 午前10時過ぎ、私はホテルから閑散とした町並みに出掛けた。日曜日ということで、車も歩行者もまばらだ。私は、ボリショイ劇場の正面を南北に走る目抜通りをくぐる薄暗い地下道を歩いていた。ふと、前方をゆっくり歩く男性の後ろ姿に気づいた。30代とみられる彼は分厚い黒色のコートを羽織り、ポケットに両手を入れながら歩いている。すると突然、ポケットからビニール袋がパシャッと音を立てて路面に落ちた。私は思わずそれに目を向けると、袋の中には無造作にたたまれた数十枚もの100ドル札が入っていた。しかし、その男性は気づかない様子で歩いて行く。私はビニール袋を拾い上げて、彼の後を追った。

「お金を落としましたよ」

 男性は振り向き、笑顔を浮かべて感謝の言葉を口にした。だがその直後、彼の表情は一変した。彼はもう片方のポケットを探りながら、こう声を荒げた。

「あれっ…。あなたは、もう1つのビニール袋を見ませんでしたか。同じようにドル札がたくさん入っていたんです」
「えっ、何のことですか。私が拾ったのはこの袋だけです」
「そんなはずはない!あなた隠しているんでしょう」
「泥棒だ!」

 彼はそう大声で叫ぶと、4人の男たちが足早に近寄ってきた。彼らは私の抗議を無視し、口々に「ルビャーンカに行ってから話を聞く」と、そう言い放った。彼らはグルだったのだ。

 ルビャーンカとはソ連国家保安委員会(KGB)、現在のロシア連邦保安庁(FSB)の代名詞だ。本庁の豪華な黄色の建物が、ルビャーンカ広場に建っていることに由来する。この地下道から徒歩で10分のところにそれはある。

 私は、いつもポケットに携帯電話を入れており、何かあれば日本大使館に通報できるようにセットしていた。「大使館に電話します」。私はそう声を絞り出すと、5人の男性たちはバラバラに立ち去っていった。

 こうして私は、なんとかロシア人スパイによる窮地から免れることができた。それにしても、人間の善意を逆手にとり、一瞬にして恐怖に陥れる。ロシア人の友人にその不快な出来事を打ち明けると、次のように説明してくれた。
モスクワにあるロシア連邦保安庁(FSB)本部(gettyimages)
モスクワにあるロシア連邦保安庁(FSB)本部(gettyimages)
「ルビャーンカに連れていけば相手は動揺します。彼らは恐怖心をあおり、自分たちの一味に囲い込むのです」