今回の『パラサイト』もゴジラ映画のパクリのような『グエムル』も、障害者は平気で人殺しをするかのように描いた『母なる証明』も食肉用巨大遺伝子操作豚と少女の交流を描く『オクジャ』もそうした韓国に対する偏見に満ちている。

 いずれも「お互い敵同士としか思っていない韓国人に未来はない。未来の子供世代にしか希望はない」という結末である。しかも『グエムル』『オクジャ』に至っては「血縁さえも断ち切ってしまわないとダメ」という結末に仕立て上げている。

 そういえば、私が以前、iRONNAで映画評を書いた韓国のゾンビ映画『新感染』も、そうした「現世代はもうダメ。次世代に期待するしかない」という結末であった。

 しかし『新感染』は『パラサイト』と異なり、韓国人の闇や欠点ばかり描いているのではなく、韓国人のさまざまな美徳にも焦点を当てた傑作映画だった。こうして見れば、一体どのような体験がポン・ジュノ監督にこのような歪んだ世界観を持たせることになってしまったのだろう。

 こうしたことを踏まえれば、とてもアカデミー賞作品賞のレベルには達していないと思えてならない。これに与えるぐらいなら今までにももっとすばらしい韓国映画はいくらでもあった。では、なぜ今回アカデミー賞を「万引き」できたのだろうか。

 2016年上半期の芥川賞において村田沙耶香氏の「コンビニ人間」が受賞した際、反安倍サヨク活動家として知られる選考委員の島田雅彦氏がこれを腐(くさ)すあまり、公の選評でなんと「巷には思考停止状態のマニュアル人間が自民党の支持者ぐらいたくさんいるので、風俗小説としてのリアリティはあるが、主人公はいずれサイコパスになり、まともな人間を洗脳してゆくだろう」などというあきれたヘイトスピーチを撒き散らしたことがある。

 アカデミー賞の選考過程においては、芥川賞以上に反トランプに代表されるサヨク・リベラルと自称する反米勢力が大量に入り込んでいることは以前から知られていた。

 『パラサイト』と同時ノミネートされた『ジョーカー』は、そうした連中にとっては絶対に賞を与えてはいけない作品である。なにしろ「トランプ大統領を支持するような白人貧困層が犯罪者としてダークヒーローに祭り上げられる」という内容なのだ。そんなシロモノに反トランプの連中が賞を与えたがるはずがない。
米アカデミー賞で作品賞を受賞し、喜ぶポン・ジュノ監督(右)と出演者ら=2020年2月9日、米ハリウッド(AP=共同)
米アカデミー賞で作品賞を受賞し、喜ぶポン・ジュノ監督(右)と出演者ら=2020年2月9日、米ハリウッド(AP=共同)
 そこに運よく現れたのが、『パラサイト』というわけだ。これなら受賞させても「ポリティカル・コレクトネス」(政治的公平性)的にも、サヨク・リベラル勢力にとっても実に都合がよい。おまけに「アジア映画をハリウッド映画と平等に扱った」というすばらしい実績まで誇れるわけである。

 そういうわけで、『パラサイト』はある意味、今が旬のオススメ映画ではあるのだ。