この辺の事情は『米軍基地と神奈川』(栗田尚弥編著/有隣新書)に詳しい。同著によれば、ジョージ・ワシントン入港に際し、地元紙の『神奈川新聞』までもが、市民の反応が鈍いこと、その反対運動が横須賀市民を巻き込んだものとは言えない、とも伝えている。おそらく横須賀が一番米軍基地関連で騒然としただろう第七艦隊空母ミッドウェイの母港化(1973年)のときも、そのデモは横須賀市民が起こしたものでないとも指摘する。

 反対運動の舞台は横須賀ではあったが、運動の主役が横須賀市民だったとは必ずしも言い難いものがあった。運動の主役は市民の他に市外、県外から集まったさまざまな思惑を有する抗議団体であり、このような現象は、ミッドウェイ以前の原子力潜水艦の寄港からすでに始まっていたのである。


 そして、それらの反対運動に対して「いつもながらの『よそからのデモ』」と横須賀市民が冷ややかに受けとめていたことも当時の神奈川新聞は伝えている。

 個人的体験だが、私は横須賀の海上自衛隊の総司令部がある街に生まれた。だから小学校の同級生の親の職業は自衛官である人が圧倒的に多かった。近所には軍属の子供たちや、日本で生まれ育った米兵や軍属とのハーフの子供たちがいた。その中で「米軍基地反対」という発想は子供の頃はなかったし、それは生まれ育った街全体もそうだった。

 最近、沖縄の米軍基地反対運動で「ヤンキーゴーホーム」というシュプレヒコールが差別的だという奇妙な議論が、ネット上であった。もし、このシュプレヒコールが本当にあったとしたら、たぶんこれは外からやってきた運動家が言っているのではないかと、私はすぐに想像した。沖縄の基地周りに住む人は、一人や二人の米軍関係者や軍属の家族やハーフの人たちと日常的につきあっているはずで、その人たちを差し置いて「ヤンキーゴーホーム」とは言えないからだ。

 80年代に横須賀市の隣にある逗子市で、森を切り開いて米軍家族向けの住宅をつくるという話が大変な反対運動にあったことがある。「池子の森(自然公園)を守れ」という環境運動と、ぼんやりとした米軍アレルギーのようなものがこの運動を盛り上げていたが、横須賀市民の私たちは非常に冷めていた。
 
 そもそも、その反対運動が唱えている人たちも池子の周辺の森を切り開いてアスファルトとコンクリートで固められた住宅街に住んでいるではないか。当時、私の生まれた軍港の街も刻々と住宅開発が続いており、幼年時代に遊んだ山々が次々と丸坊主になっている最中だった。

 そして横須賀市民は、米軍基地を問題視するよりも外からやってきて事情も分からないまま、よく分からない平和や非核や反原子力を唱えて混乱を持ちこまれることを嫌って、米軍と共存する方を選んでいた。
 
 沖縄の反基地運動があれだけ県民を巻き込んで大きなものとなっているのに、横須賀は全く何もないというのはどうしてなのか。ドブ板通り商店街の越川理事長に質問をぶつけてみると、答えはシンプルだった。

 「飛行機だろうね。横須賀は空母は入るが、艦載機は厚木に行く。その違いが大きいと思う」

 横須賀を母港とする空母は、艦載機を太平洋上で発艦させて格納庫が空の状態で入港する。艦載機は厚木飛行場に向かい、空母が入港している間に機体の整備や離発着の訓練もそこで行う。軍用機は騒音と事故がつきものだ。厚木は騒音や事故で、かつて大きな問題を抱えていた。77年には、厚木基地から離陸直後のF4ファントムが火災を起こし、同市青葉区の住宅地で墜落した事故が起きている。この事故の火災で母子3人が死亡している。

 その厚木ですら昔のような反対運動は影をひそめつつある。基地の敷地の拡張や住民対応を地道に進めてきたことが、住民の理解を得てきたということだ。

 一方、周囲に住宅が密集した沖縄県の普天間飛行場や嘉手納(かでな)飛行場は、厚木など比べ物にならないほど危険度が高い。事故の不安におびえるのは当然であろう。騒音に関してはもちろんのことだ。

 沖縄でのオスプレイ配備反対運動に対して、「オスプレイだけが危険だというのは過剰反応ではないか」という批判も、もっともではある。けれども、あれだけ住宅地に囲まれた場所なのだ。安全性に疑念があるといわれる軍用機が配備されることに感情的になるのも、私には十分理解できる。
沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場=2018年9月16日(共同通信社ヘリから)
沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場=2018年9月16日(共同通信社ヘリから)
 さらには米兵の数も違う。基地内外に居住する米軍関係者の人数は沖縄県だけで約5万人超。横須賀を含めた神奈川県の2倍以上である。基地の面積に至っては10倍以上で、在日米軍基地の約70%、沖縄県の総面積の15%ほどを占める。普段から米軍の振る舞いや思惑に抑圧されている被害感情が高まるのも十分に理解できる。

 ドブ板通りでさえ「住んでいて何一ついいことはなかった」という感情になるのだから、沖縄が県を上げて感情的になるのも当たり前の話だ。