横須賀市民はこのような条件の違いがあるとはいえ、米軍を受け入れ続けてきた。おそらく市民の思いの裏側には、犯罪などのデメリット以上に、基地の街の魅力と経済的なメリットが上回っていることがある。

 反戦や反核といったテーマに賛同するところはあったとしても、それを日常生活が上回ったということだろう。さらには米軍との関係がそれなりに友好的に進んでいることも事情として大きい。

 ドッグタグが店頭にぶらさがる、前述の米軍払い下げ品のミリタリーショップ「カキタ」の入口には、若店主と年配の米軍将校との2ショット写真が飾られている。米軍基地のジェフリー・キム横須賀基地司令官(2016~19年在任)だ。米軍と地元有志とのパトロール活動のときの写真だという。

 若店主に、一緒に司令官と写っている写真について聞いてみると、こんなことを教えてくれた。

 「地域の商店街と基地司令部の関係は、最近ではとてもいいんですよ。この写真は、地域パトロールを近隣住民と一緒に米兵がやったときの写真ですね。このときはわざわざ司令官まで来てくれたんです。地域のゴミ拾いなどを米兵とやるのも定期的に行っています。非常に関係はいいですね」
米軍放出品の店「カキタ」で、ドックダグの横に、三代目と基地司令官。司令官は巡回パトロールまで参加してくれたという(筆者提供)
米軍放出品の店「カキタ」で、ドックダグの横に、三代目と基地司令官。司令官は巡回パトロールまで参加してくれたという(筆者提供)
 米兵の犯罪などについて聞いてみるが「最近はめったに聞かなくなった」とのこと。深夜外出禁止令が効いているのだろう。最近では、横須賀基地に配属になった米兵とその家族は、必ず日本での生活や文化の違いなどに関するレクチャーを受けることになっているという。そこに横須賀市を通じて、商店会は講師を頼まれたり、米兵の集いなどに呼ばれることもあるらしい。

 「街を歩いていると、米兵やその家族からあいさつされる。定期的な意見交換会もやっていて、それなりに好評だ。これはみんなの努力だよ」と、越川理事長はうれしそうだ。

 一方で、米軍の深夜外出禁止令のため、ドブ板通りの夜の商売はかなりの影響を受けているとも越川理事長は言う。

 「もっぱら米兵相手という商売は厳しいと思う。夜のバーなどの店主がつくっていた協会も加盟店が減っているとも聞いている。それで、みな昼間の商売に転換しつつある。見たかい? バーが昼間の営業を始めているのを」

 ドブ板通りの米兵相手の夜の店だけではなく、横須賀市は人口減に苦しんでいる。近隣の横浜や藤沢といった市が人口を伸ばしていくのに対して、横須賀市は全国の人口減ナンバーワンという不名誉な記録を2013年に残している。このことから横須賀市や経済界は、イメージアップと観光地化を進めていて「米軍と海上自衛隊の基地の街」をセールスポイントにしようとしている。

 「海軍カレー」や「ネイビーバーガー」、そして「スカジャン」、さらにオタク向けにはオンライゲーム『艦隊これくしょん』(艦これ)の「聖地」として、横須賀がプロモーションされている。

 ドブ板通りは、これらのすべてがある。そして、バーは昼間の営業をはじめ、海軍カレーやネイビーバーガーを売り、ドブ板通りの目抜き通りには「艦これ」のマニアをターゲットとする店ができた。横須賀市のバックアップも受けながら、官民一体で生き残りをかけて変わり始めたのが、この街なのだ。

 不思議なことである。沖縄の基地反対運動の一方で、かたや米軍や基地をイメージアップに使う横須賀がある。越川理事長は「実は…」と明かしてくれた。

 「今度、沖縄の人たちから話を聞かせてくれと、あっちに呼ばれているんだ。ドブ板と横須賀の経験を話してくれ、とね」

 それでは最後に、と少し意地悪かもしれない質問をしてみた。

 「ところで、一人の日本人として米軍基地は必要だと思いますか?」

 「必要だ」。即答である。「それは日米関係ということもあるのだろうけれど、それよりもドブ板と横須賀のためだ」

 私はその答えに少し考え込んだ。そして、この基地の街で生きていくためには、「日本」や「日本人」という大きな主語は似つかわしくないかもしれない。そうして横須賀は戦後生き抜いてきたのだろう。

 取材を終えて、横須賀駅まで歩いて帰る。港には米軍か自衛隊か、いくつもの潜水艦が並んで係留されている。ドッグヤードからの、まばゆいばかりのライトが水面に光っている。

 煮えたぎるような横須賀とドブ板通りの時代は終わりつつあり、そして新しいドブ板通りの時代が始まっている。