渡邊大門(歴史学者)

 まだ始まったばかりだが、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』がそこそこ好調のようだ。視聴率は下降傾向にあるものの、昨年の『いだてん』をかなり上回っているという。これは非常に結構なことである。とはいえ、大河ドラマはあくまでフィクションである。史実を忠実に再現したものではない。

 たとえば、この連載でこれまでにも指摘したが、明智光秀が土岐明智氏の末裔(まつえい)であるという確固たる証拠はない。証拠として残っているのは、系図などの二次史料(系図、軍記物語など後世に編纂された史料)に過ぎない。また、前回の連載でも指摘したように、光秀が越前や近江にいたという確証もない。この点には、注意をすべきであろう。

 ところで、「本能寺の変」の要因に関しては、かつて「朝廷黒幕説」「足利義昭黒幕説」などが提唱された。熱狂的に支持された時期もあったが、今ではいずれも誤りであるとされている。それらの説は、史料の誤読や曲解などに基づいているからだ。もはや消え去ったと言ってもよいだろう。

 近年では「朝廷黒幕説」と他の諸説をミックスしたような説として、「信長非道阻止説」がある。

 この説を簡単に言えば、信長が朝廷などに対して非道なことを行うので、光秀は自らそれを阻止しようと立ち上がったという説である。それを端的に表現すれば、「信長の悪政・横暴を阻止しようとした」ということである。別に黒幕はいないが、光秀が自主的に謀叛を起こしたということになろう。

 従来説と異なるのは、光秀には信長に対する個人的な恨みがなかったとする点である。したがって、怨恨説、不安説、野望説などとは一線を画する。従来とは、完全に視点が異なった見解である。

 この説のポイントは、次の五つの点に集約されている。

 ①正親町(おおぎまち)天皇への譲位強要、皇位簒奪(さんだつ)計画
 ②京暦(宣明暦)への口出し
 ③平姓将軍への任官
 ④現職太政大臣の近衛前久への暴言
 ⑤正親町天皇から国師号をもらった快川紹喜を焼き殺したこと

 はたして、信長非道阻止説とは妥当性のある説なのだろうか。
現在の本能寺。信長時代とは場所が異なる
現在の本能寺。信長時代とは場所が異なる
 ①②はすでにこの連載でも検討したところであるが、改めて確認しておこう。正親町天皇の譲位については、信長から強要されたのではなく、提案されたといってよいだろう。しかも、正親町天皇は信長の提案に大喜びし、早速、準備を進めようとしたのである。結果として譲位は実現しなかったが、信長から強要されたものでないことは明らかである。