舛添要一(元厚生労働大臣、前東京都知事)

 新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が世界のみならず日本でも拡大し、各地で毎日新たな感染者が確認されている。この状態は、日々の私たちの生活にも大きな影響を及ぼしている。

 特に、感染拡大を防ぐためとして、2月25日に政府が対策の基本方針を決定し、翌26日にイベントの自粛や規模縮小を要請し、27日には全国の小中高校などに一斉休校を要請したため、日本全体が大混乱に陥っている。29日には、安倍晋三首相が会見し、一連の措置について説明したが、それで国民の不安と不満が沈静化したわけではない。

 新型肺炎は、昨年12月8日に中国・武漢で確認されているが、それ以来、日本政府の採った政策は正しかったのか。一言で論じれば、後手後手の対応で、全てが遅すぎたというほかはない。

 私は厚生労働相として、2009年に発生した新型インフルエンザの対応に当たったが、当時の経験に照らしても、今回の政府の対応は問題が多すぎる。07年夏、私が厚労相に就任した際、「消えた年金記録問題」で厚労省や社会保険庁をはじめとする省庁の信頼は地に落ちていた。その他にも、医師不足や薬害肝炎訴訟、中国からの毒入り餃子の輸入、派遣切りなど問題が山積し、他省の大臣の何倍も働かざるをえなかった。

 背景には、霞が関の官僚機構、とりわけ厚労省の抱える構造的問題があり、私はそれを解決すべく全力を挙げた。しかし、その後、民主党政権に移り、また3年3カ月後には自公政権に戻るという政権交代劇の裏で、私が断行した改革も元の木阿弥(もくあみ)となってしまい、情報隠蔽(いんぺい)体質など旧習が復活してしまっている。

 そして、7年の長期にわたる安倍政権の下で、官僚が国民ではなく、高級官僚の人事権を一元的に握った官邸の方ばかりに目を向け、忖度行政に走ったことも、今回のような危機の際に適切な対応ができなかった理由の一つである。

 まずは、その点から記していきたい。そもそも、官僚は政権が交代しても、時の政権の指示に従うべきである。それは、選挙で国民の代表として選出された国会議員から成る国会が国権の最高機関だから当然のことである。

 私は厚労相時代に、能力があって真面目に働く官僚を抜擢(ばってき)し、お互いに競わせることで、国民目線で政策を遂行してきた。そのトップエリートの役人たちは、09年夏の総選挙で民主党政権が成立すると、当然新政権の下でも能力を発揮して政権が掲げる政策を実行してきた。民主主義国家として当然のことである。
2020年2月29日、記者から質問を求める声が上がる中、首相官邸の会見場を後にする安倍首相(左から2人目)
2020年2月29日、記者から質問を求める声が上がる中、首相官邸の会見場を後にする安倍首相(左から2人目)
 ところが、3年余りで自民党が政権に復帰し、安倍政権が成立すると、優秀な官僚たちが「民主党に協力した」という理由で左遷されてしまった。米国の猟官制度(spoils system)よりもひどい恐怖政治である。そのため、プロ野球に例えると、1軍ではなく、2軍の選手に頼らざるをえなくなったのである。

 今、彼らが本省の枢要なポストに就いていれば、もう少しましな対応ができたのではなかろうか。安倍政権の報復人事の結果がこういうマイナスを生んでいる。