アメリカに滞在しながら、霞が関ビルに、続けて国会議事堂に飛行機が突入する事態になったとき、日本の政治は、このような徹底した決断を瞬時にできるだろうかと自問自答した。ニューヨークとワシントンが標的になったので、強制着陸は東海岸の領空に限定してもよかったはずである。しかし、アメリカ政府は、瞬時に全土を閉鎖した。見事な危機対応であった。

 誤解を恐れずに言えば、アメリカは「大雑把(おおざっぱ)」な文化を持つ社会である。仕事の正確さ、細部にまで手を抜かない文化に慣れた日本人にとり、慣れるまでストレスを感じる社会である。

 サラダボウルと形容されるように、人種、民族、宗教が多種多様で、日本のような細部にまでこだわる正確さを求めると四六時中摩擦が発生するので、ある程度「大雑把」な方が社会はうまく回る。生活しているうちに、変な合点をするようになった。

 スーパーで買うタブレット型の薬や、薬局で調剤され容器に入った薬、押してもなかなか出てこず、ふたを開けるのに難儀な薬の容器、「大雑把」なアメリカの製造技術の拙劣さと最初は誤解していた。

 しかし、それは幼児による薬の誤飲を防ぐための措置であった。大国でありながら貧者がまともな医療を受けることができぬアメリカではあるが、「国民の命」を守ることにおいて周到な準備と配慮を怠らず、それを徹底している一面がある。そのためなら大胆ともいえる政治決断をためらうことなく行う国でもある。

 新型コロナウイルスに対する日本政府の対応を見ていて、9・11のテロに際してのアメリカ政府の決断を想起せざるを得なかった。今回の出来事を9・11に準(なぞら)えるのは大げさ過ぎる、同列に扱うのは不適当との意見は当然あるだろう。

 しかし、両者は、非常時に際し「国民の命」を守るため、全ての責任を背負った政治決断が求められている点では同じである。日本はいかなる準備と覚悟を持っているのか、それが試されている。
新型コロナウイルス対策本部の会合で発言する安倍晋三首相。左は加藤隆信厚労相=2020年2月、首相官邸
新型コロナウイルス対策本部の会合で発言する安倍晋三首相。左は加藤隆信厚労相=2020年2月、首相官邸
 冒頭に述べた「覚悟」は、政権担当者はもとより、与党だけでなく野党政治家にも、国政だけではなく地方政治においても問われている。政治に携わる者は、その立場を越え、国や地方問わず肝に銘じておく必要がある。

 対外関係を配慮し過ぎて、あるいは関係機関の調整と了解に傾注するあまり、あるいは揚げ足取りにしか見えない低劣な批判への対応に時間を奪われるあまり、然るべきときに、然るべき決断ができず、結果として弥縫(びぼう)策に終始する日本政治の弱点が露呈しないことを願うばかりである。