「どこにウイルスがいるか分からない状態」「悲惨な状況」と、船内の感染コントロールの不備を指摘した動画でした。一級小型船舶操縦士でもある私がその動画を見て感じたのは、岩田氏には船乗りとしてのセンスが致命的に欠如しているということでした。

 確かに岩田氏の主張していることはまっとうだし、感染症の専門家としての意見としては正しいかもしれない。ただ、船というものを理解していない人だな、という感想です。

 造船工学の視点から言わせてもらえば、船というのは基本的に極限までスペースを絞り込んだ乗り物です。総排水トンあたり、貨物船なら1キロでも多くの荷物を、客船なら1人でも多くの人間を乗せられるように設計します。大型の豪華クルーズ船といえども、この原理原則は無視できません。狭さは船というものが持つ本来的な宿命なのです。

 船内ではウイルスがない安全な区域とそうでない区域の区分けが十分にできていないと指摘した岩田氏ですが、この狭さの中で精一杯の努力をしているジェナーロ・アルマ船長をはじめ、船乗りたちへの思いやりがあれば、あれほど強い調子で批判することはなかったと思います。残念ながらこの岩田氏の投稿も、ネット上の個人の意見の域を出なかったと言えそうです。

 国内外に大きな反響を呼んだ投稿でしたが、これに対して反論した元厚生省技官で、「ダイヤモンド・プリンセス」内で実務に携わっていた沖縄県立中部病院感染症内科の高山義浩医師の意見もまた、ネット上の個人の意見でした。

 これらは論争としては面白いけれども、私たちが今直面している新型コロナウイルスにどう立ち向かうべきか、という肝心な疑問には答えてくれていませんでした。

 事態は今や新型コロナウイルスをいかにして国内に持ち込まないか、という水際対策には既に失敗していて、次の段階に入りました。札幌市の男性を皮切りに、いつどこで感染したか追跡できない「市中感染」が全国で始まっています。感染経路がはっきりしない患者が増える「流行期」「蔓延期」であることを前提にする段階になったのです。

 日本政府が鳴り物入りで2月25日に発表した、新型コロナウイルス対策の基本方針は残念ながら、同時期に感染の拡がったイタリアや韓国に比べて、信じられないほど手ぬるいものでした。イタリアでは戒厳令に近く、スカラ座や大聖堂が封鎖され、ミラノコレクションも観客無しで開催。韓国では国会を封鎖して消毒、という対策をとっています。
新型コロナウイルスの感染が広がるイタリアでマスクを着けた人々=2020年2月、ベネチア(ロイター=共同)
新型コロナウイルスの感染が広がるイタリアでマスクを着けた人々=2020年2月、ベネチア(ロイター=共同)
 そんなときに安倍政権は、今後1〜2週間が要警戒だと、専門家の見解を追認したにとどまりました。イベントの自粛も地方自治体や民間企業に判断を丸投げし、政治的な責任逃れに走ったのです。

 民間では、大手広告代理店の電通が感染者の出た本社ビル勤務のおよそ5千人全員を在宅勤務にし、この日、日経平均株価は一時千円を超える下げ幅となりました。