危機管理に際し、公安部門出身の指導者を投入するのは時宜にかなった人事である。とはいえ、世界が注視する騒動のただ中で、省市トップ2人の責任を明確にし、更迭するのはかなりの荒療治だ。

 だが、習氏は適材適所の人事を断行し、公安人脈を完全にコントロールしていることを示した。軍と並んで権力基盤の源泉である公安部門の掌握は、政権の安定に大きな意味を持っている。

 さらに重要なのは、今回の人事が前指導者に対する懲罰として、民意の圧倒的な支持を得た点、つまり世論を読み込んでの臨機応変な宣伝工作である側面だ。この人事には前段がある。

 6日前の2月7日、いち早く新型ウイルス拡散の危険を警告していた武漢の医師、李文亮氏が感染で死亡した。自分の命を犠牲にしてまで治療に力を注いだが、武漢市公安当局はそれまで李氏ら8人を「デマを流した」と犯罪者扱いし、反省文への署名まで求めていた。

 訃報はインターネットでのトップニュースとなり、「英雄」に対する哀悼、さらにそれを上回る市当局への「罵倒」であふれた。私の教え子たちもそれぞれの会員制交流サイト(SNS)を通じ、一斉に哀悼と抗議を表明した。情報を操作し、初期対応で失態を演じた政府の対応に、庶民の怒りが爆発したのだ。

 だが、中央の反応は早かった。共産党機関紙、人民日報が哀悼の記事を発表し、国家監察委員会も同日、武漢市の対応を調査するチームを派遣した。
新型肺炎で死去した中国・武漢の医師、李文亮さんを悼み、雪の上に書かれた名前=2020年2月、北京(共同)
新型肺炎で死去した中国・武漢の医師、李文亮さんを悼み、雪の上に書かれた名前=2020年2月、北京(共同)
 1週間を待たずに発表された両トップの更迭は、その調査を受けた最高レベルの処分である。庶民の怒りに応える、一応の決着にはなった。

 きちんと民意をくんで責任者を処分したのだから、さらに事態を拡大させ、社会不安をあおるような言論は許さない。これが党による情報統制である。自由な言論そのものに価値を置く一部知識人は反発するが、抵抗することの損得をはかりにかける多くの庶民は受け入れている。

 ただ、今回の感染についていえば、独立性の高いメディアの的確な調査報道に加え、おびただしい数のSNSによる情報発信があり、デマや誹謗(ひぼう)中傷を含め、日々あふれるほどの情報が流れたという印象だ。画一的な宣伝だけで皆が納得しているわけではない。個人情報の壁が大きく立ちはだかっている日本とは大きく異なる。