加藤愛太郎(東京大地震研究所教授)

 地球の表面は十数枚のプレートと呼ばれる硬い板状の岩盤に覆われている。プレートは、地球内部で対流しているマントルの上に乗って、それぞれ異なる速さで移動している。

 プレートが近づき合う境界の一つである「沈み込み帯」では、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込んでいる。このとき、海洋プレートと大陸プレートの境界面は摩擦によりくっつく(固着)ため、大陸プレートは海洋プレートに引きずられて沈もうとする。

 一方で、大陸プレートには元に戻ろうとする力が働くため、プレート境界周辺域にひずみが蓄積する。そのひずみが限界を超えると、プレート境界で急激な滑りが発生する。こうして起こるのが、2011年の東北地方太平洋沖地震や想定されている南海トラフ沿いの巨大地震などの「プレート境界型地震」である。

 また、引きずりこまれる大陸プレート内部や曲げられる海洋プレート内部でもひずみが生じるため、それを解放しようとして断層(岩盤内の割れ目)で急激な滑りが発生する。陸域の「活断層」などで滑りが生じたものが「内陸地震」と呼ばれ、1995年の兵庫県南部地震や2016年の熊本地震などが該当する。

 日本列島は二つの海洋プレートが沈み込む境界域に位置するため、ひずみの蓄積スピードが速く、巨大地震を含め地震活動が世界的に見ても大変活発であり、日本全土のほとんどが地震のリスクにさらされている。世界で起きるマグニチュード(M)6以上の地震の内、約10%が日本列島で発生している。

 南海トラフ沿いでは、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に1年あたり約5センチの速度で沈み込んでいる。近年の観測・研究の進展により、急激な滑りを起こす通常の地震以外にも、「ゆっくり滑り」と呼ばれる、通常の地震に比べてプレート境界がゆっくりと滑ることでひずみを解放する現象が起きていることが、約20年前に南海トラフ沿いで発見された。

 これは、兵庫県南部地震の発生を受けて全国に展開された地震・地殻変動観測網によって取得された高品質な観測データに基づく成果の一つである。通常の地震では秒速1メートル程度の速さで断層が急激に滑るのに対し、ゆっくり滑りでは、1週間かけて数センチ、あるいは1年で十数センチの速さで断層が滑る。

 滑り速度に大きな違いはあるが、岩盤にたまったひずみを断層の滑りによって解放する点は通常の地震と類似している。さらに、ゆっくり滑りは国内に限らず、世界各地で起きていることも、その後の観測により明らかになった。

 カナダ・米西海岸やメキシコ・チリの太平洋沿岸付近、ニュージーランド周辺など、巨大地震が起きやすい環太平洋のプレート境界周辺で報告されている。これらの観測結果に基づくと、ゆっくり滑りはプレート境界面の巨大地震発生域に隣接して発生している。

 また、ゆっくり滑りが始まって終わるまでの継続時間が長くなるほど、解放されるエネルギーも大きくなる。今のところ、最大でM7・6の地震に相当するエネルギー解放が、メキシコのゆっくり滑り(約1年間の継続時間)において観測されている。
南海トラフ巨大地震で被害が懸念される愛知県弥富市。奥は木曽川河口部=2019年11月(共同通信社ヘリから)
南海トラフ巨大地震で被害が懸念される愛知県弥富市。奥は木曽川河口部=2019年11月(共同通信社ヘリから)
 南海トラフ沿いでは、想定震源域におおむね相当する固着域の深い側(深さ約30~35キロ)において、長さ約600キロにわたって、ゆっくり滑りが帯状に発生する領域が分布する。また、海底下における地殻変動の観測技術の発展により、固着域の浅い側(深さ約10キロ以浅)においてもゆっくり滑りが散発的に起きていることが示されつつある。今年1月の東京大生産技術研究所と海上保安庁からのプレスリリースによると、南海トラフのプレート境界浅部の複数の場所において、ゆっくり滑りが起きていることが新たに解明された。

 ゆっくり滑りは、巨大地震発生域に隣接して発生するため、巨大地震との関係性という点で世界的にも注目されている。しかしながら、多くの場合、ゆっくり滑りが起きている最中に大地震は発生していない。例えば、南海トラフ沿いの深部では、数カ月から半年に1回の頻度でM6程度のゆっくり滑りが、数年に1度の頻度でM7程度のゆっくり滑りが発生しているが、ゆっくり滑りの進行中に大地震が起きた事例は、過去約20年間の観測期間中には見られない。