新型コロナウイルスの対応が正念場を迎えている。企業はテレワークを推進し、観光地は閉鎖され、各種イベントは自粛されている。その影響は、地域の自治会や町内会などの小さな会合にまで及んでいる。こんなことが続くと、あたかも実際に人と会うことがリスクであるような錯覚に陥ってしまう。今年で丸9年を迎える東日本大震災とも合わせ、今一度、顔を突き合わせるコミュニケーションの重要性に目を向けてみたい。

 東日本大震災の後、被災者の心の様子を定点観測し続けた人がいる。震災発生の2か月後から、ボランティアで移動式の傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」を始めた、金田諦應(かねた・たいおう)通大寺住職(宮城県栗原市)だ。「傾聴」とは、相手の話に真摯に耳を傾け、共感しながら聴く技術のことを指す。

 この9年間で金田さんが訪れた被災地は44か所、開催回数は370回を超えた。色とりどりのケーキとドリップコーヒーを無料で振る舞う。この間の被災者たちの歩みは、金田さんにはどう見えているのだろうか。

「仮設住宅に入ってからの被災者は、『一日も早くここを出て、元の生活を取り戻す』という目的で一致していたけれど、復興住宅に移ってからはそれがなくなり、問題が個別になってきました。

 震災というのは、あいまいにしていたものを否応なくはっきりさせられた出来事でした。たとえば、男女の話で、いいところまで行っていた二人が決断を迫られる。結婚した人もいれば、別れた人もいる。生々しく決断を求めてくる。それが震災なんです」

 その他にも住宅のこと、土地の権利のこと、お金のこと、家族との関係など、問題が多様になっている。背負っているものがそれぞれ違うし、時間が経ったからといって必ずしも苦しみが軽くなるわけではない。

「9年経って被災者の多くが今向き合っているのは、自分の老いと孤独、それに死です。一見、元気に見えても、自分でも身体や心の劣化を感じている。そして、そんな中でも歩み方がわかってきていると感じます。苦しい中でよたよた歩いてきたけれど、以前の歩き方とは違う──。

 震災を通して多くの学びがありました。それぞれが現実の状況を受容し、納得するプロセスを経ているように感じます。だから以前のように深刻には心配していません」(金田さん)
震災後、津波に襲われた街を追悼行脚する僧侶と牧師(2011年4月28日、宮城県南三陸町/写真提供:金田諦應)
震災後、津波に襲われた街を追悼行脚する僧侶と牧師(2011年4月28日、宮城県南三陸町/写真提供:金田諦應)
 傾聴喫茶を訪れる人たちはまだいい。問題は長い間、誰ともつながれなかった人たちかもしれない。

 「先日も、とある復興団地に初めて行ったんです。30人ほど来たうち、以前、仮設住宅時代にカフェに来てくれていた人が20人くらいで、あとの10人は初めて会う人たちでした。そのうちの3人ぐらいは9年前の話をしながら泣き始めてしまい、今でもこうなんだって思ってね。これまで気持ちを吐露する機会がなかった人たちなんですね」(金田氏)