人間にとって、話を聞いてもらう場やつながりがいかに大切か。振り返れば、震災以前から日本全国いたるところに孤立や孤独、無縁社会という言葉が浸透していた。震災後は反作用のようにいたるところで「絆」が強調されたが、それで以前からある孤立や孤独が解消されたわけではない。

 実は、金田さんは震災の1年前から自殺者の増加を懸念して、「自殺防止ネットワーク」という活動に参加していた。このスキルが結果として傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」の準備運動になったという。無縁社会に対する抗いが、金田さんのこの10年だった。

 だが一方で、それは孤立無援の闘いではなかったという。志を同じくする仏教の他宗派の僧侶、キリスト教の牧師たちが立ち上がり、カフェ・デ・モンクで一緒に傾聴活動を行ってくれたのだ。カフェ・デ・モンクの活動は、他の被災者や地域にも静かなさざ波となって広がっていき、現在では14の地域で地元の宗教者が傾聴活動を行っている。

 加えて、震災を契機として「臨床宗教師」が産声を上げた。臨床宗教師とは、金田さんや岡部健医師(故人)らが中心となって養成した宗教者のこと。死期が迫った患者や遺族に対し、心のケアを多業種で連携しながら行っている。臨床宗教師の誕生は、医療現場に宗教家が入れるようになった画期的な出来事だった。すでに200名近くの臨床宗教師が宗派を超えて連携し合い、学びを深めている。

 大津波によって海水と泥に覆い尽くされようとも、やがて草木が生い茂って来るように、人々の強い思いの萌芽が確かに育ち、実を結んでいった9年間でもあった。金田さんは言う。
震災から2年後、傾聴喫茶にて。左端が金田住職(写真提供:金田諦應)
震災から2年後、傾聴喫茶にて。左端が金田住職(写真提供:金田諦應)
「孤立や孤独、無縁を問題視しないといけない。祭りやイベントだけでなく、もっと身近な近所の寄り合い、井戸端会議、PTAの集まりといった“居場所”で人は自然とお互いの心のケアをし合っているのです。コロナウイルスに感染しない程度の距離で顔を合わせ、つながり、支え合っていかなければ。

 震災を通して私たちが共通財産として学んできたことが沢山あります。それを被災地以外のところでも生かしていかなければならない。それは震災で亡くなった人への何よりの供養になるし、また9年間、悩みながらも歩き続けた方々に対する敬意にもなると思います」

●取材・文/岸川貴文(フリーライター)

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