首都圏の地下には、乗っている北米プレートの下に、東から太平洋プレートが入り込んでいる。その他に、神奈川県の南沖にある相模トラフという海溝からフィリピン海プレートが入りこんで、首都圏の下を通っている。このフィリピン海プレートは、太平洋プレートと首都圏の間を抜けて、茨城県北部まで達している。

 つまり、首都圏は、地下に二重にプレートが通っているという特殊なところだ。世界で地震国と言われている所がいくつかあるが、そのほとんどはプレートが一重にしか入っていない。その意味では、二重にプレートが直下に入っている日本の首都圏は、地震学的にはとても特別な場所なのだ。

 実は、内陸直下型地震が首都圏全域でも起きる可能性がある。現に、小さい地震だったが2016年に東京・杉並区の地下にも地震が起きた。その際はマグニチュードが小さかったが、もっと大きい地震なら被害を生じただろう。

 周辺を含めて3千万人が居住し、生活している首都圏は、日本でも特別に「地震が起きる理由が多い」場所なのである。つまり、地震多発地帯であることを知らずに、首都圏に住み着いてしまったのが日本人だということになる。

 茨城県や千葉県北部では、最近地震が頻発している。茨城や千葉はフィリピン海プレートの先端近くにあるので、地下で歪みがたまりやすいところなのである。

 この地域に地震が多いことは江戸時代以前から知られていた。ナマズが地震に関係があることも広く信じられていた。当時、ナマズは地震を予知するばかりではなくて、地震を起こす元凶だとも考えられていた。

 茨城県鹿嶋市の鹿島神宮と千葉県香取市の香取神宮にそれぞれ「要石(かなめいし)」という石が埋まっていて、これが地下のナマズの頭と尻尾を押さえているといわれている。二つの神宮は50キロも離れていない。ともに「ナマズ石」というものが埋まっている。
鹿島神宮(左)と香取神宮の要石
鹿島神宮(左)と香取神宮の要石
 要石そのものは、地上には十数センチしか出ておらず、見える直径も40センチほどの小さなものだが、地下深くまで達している「霊石」である。

 古墳の発掘をしたことでも知られる「水戸黄門」こと徳川光圀(みつくに)は好奇心が強かったのであろう、要石の周りを掘らせてみたが、夜に作業を中断すると、掘ったはずの穴が朝には埋まっていた日が続いた。このため昼夜兼行で7日7晩掘り続けたが、ついに石の底には達しなかったという。17世紀の話だ。