先述のように、首都圏は日本でも特別に「地震が起きる理由が多い」場所だ。最近頻発している茨城県を中心とした地震もフィリピン海プレートの先端部が首都圏の下を抜けて、ここまで達していることで起きている。

 幸いマグニチュードは大きくはなかった。だがもっと大きな、阪神・淡路大震災並みの大地震が起きなかったことは不幸中の幸いだった。とはいえ、これからも大きな地震が起きないという保証などない。

 実は東京(千代田区にある気象庁)は全国で地震計が整備された1922年以来、2009年までの震度1の地震は3991回で、全国的にも地震が多い北海道・浦河(うらかわ)の3592回よりも多い。浦河は第2次大戦後、震度5超の地震に16回も遭ったという町で、日本一の震度5を体験した町である。

 それほど東京は、全国でも地震が多い方なのである。茨城県南西部や千葉県北部はもっと多い。

 小さい地震はプレートの活動の活発さ、つまり、いずれ起きる大地震も含めて平均的な地震活動を反映するバロメーターである。なお、2011年に起きた東北地方太平洋沖地震の余震などで、東京で感じる2010年代の数字はさらに跳ね上がった。

 首都圏にも内陸直下型地震はよく起きている。19世紀以後だけでも1855年の安政江戸地震(推定M7・1)は日本の内陸で起きた地震としては最大の1万人近くの死者を出した。

 1894年の明治東京地震(M7・0)は死者31人、1895年の茨城県南部地震(M7・2)は死者6人。そのほか1921年の茨城・竜ヶ崎地震(M7・0)、1922年の神奈川・浦賀水道地震(M6・8)も起きた。関東地震のあとにも、1924年に起きて19人の死者を出した神奈川・丹沢地震(M7・3)や1931年に西埼玉地震(M6・9)が起きて16人が亡くなった。
東京・銀座で行われた大地震を想定した防災訓練で、身を守る行動をとる参加者=2018年8月
東京・銀座で行われた大地震を想定した防災訓練で、身を守る行動をとる参加者=2018年8月
 内陸直下型地震は、一つが起きたらしばらく起きないということはない。現に、2016年の熊本地震は震度7が2回あったし、新潟県中越地震が2004年にM6・8の大地震として起きた後、3年後に近くで新潟県中越沖地震(M6・8)が起きた。

 江戸時代には、首都圏の地震がはるかに多かった。18世紀から24回ものM6クラス以上の地震が襲っていて、平均すれば6年に1度にもなる。数年に1度は震度5以上の地震に見舞われて、被害も大きかったのだ。