人としての尊厳を傷つけるような批判や誹謗(ひぼう)中傷は言語道断である。それに藤氏の発言をさかのぼると、小滝氏の行動や自社対応(編集委員登用のあり方)を批判していた。

 藤氏のツイートは、いわば内部批判であった。それなのに、なぜ炎上してしまったのか、さすがに筆者も理解できない。

 ただ、昨今の朝日新聞の新型コロナウイルス問題についての報道に、不信と強い批判の思いを抱く人も多いだろう。「朝日新聞社の顔」であることが、ソーシャルメディア記者の性格であるならば、やはり組織を代表しての存在になってしまうのはやむを得ない。

 言い換えれば、朝日新聞社が公認記者たちのリスク管理を十分にしていないのだ。組織としては、個人記者に社会からの批判を丸投げして逃げてしまっていると表現されても仕方がないだろう。

 そういう無責任な組織の体質にまで踏み込んで、藤氏が自社批判をするならば喝采したい。しかし、藤氏が関わる朝日主宰の映画サロンに、さらなる議論をしたい人を招くツイートもなぜかしている。全く意味が分からない。

 イスラム思想研究家の飯山陽氏のツイートが、問題の在りかを実に明瞭に指摘している。

 朝日新聞の藤えりか記者は、同じく朝日新聞の「コロナは痛快」編集委員を批判するツイートをし、それについた一般人からのコメントにひどくご立腹であるが、同時に自らの主宰する朝日新聞のサロンを宣伝し、人々をそこへ誘導している。私から見れば、全部まとめて朝日新聞である。

朝日新聞東京本社にたなびく同社の社旗(寺河内美奈撮影)
朝日新聞東京本社にたなびく同社の社旗(寺河内美奈撮影)
 小滝氏の発言から感じるものは、自らの地位を他に優越したものとする目線の強さである。要するに、傲慢(ごうまん)な姿勢だ。