だが、本来でいえばトランプ大統領(国)がアップルなど民間資本(企業)に口出しするのはルール違反といえる。もともとのアメリカ資本主義の原理原則でいえば、国が民間を統制するものになり、これらは社会主義のレッテルが貼られかねない言動にほかならない。中世、君主(国)が民間に口を出したり手を出したりという人治を嫌悪して、そこから抜け出してきた市民革命の歴史もある。トランプ大統領のケースは、法律によらず、王権のように気ままに民間に口出ししている。

 アメリカは資本主義のいわば総本山であるという矜持(きょうじ)が強かった。大統領(国)が民間にいささかでも口出しをすることは一線を超えるものであるとされてきた。それほど敏感な問題だったが、そのアメリカで「社会主義ノスタルジー」、あるいは「社会主義シンドローム」が当たり前に起こっている。トランプ大統領は“何でもあり”にしたわけだ。その背景には「貧富の格差」があり、アメリカでも背に腹は代えられないという現象が起こっている。

 民主党の大統領候補を争っているバーニー・サンダース上院議員は、トランプ大統領がアメリカの「貧富の格差」を拡大していると批判している。自らを「民主社会主義者」として、富裕層に重所得税を課して恩典の大半を剥奪し、公立大学の無償化、公的医療保険設立など社会的再配分を行うとしている。

 だが、サンダース氏は、「グローバリゼーション」がアメリカ製造業から雇用を失わせたとして環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)には強く反対した経過がある。前回の大統領選挙では、「グローバリゼーション」に肯定的なヒラリー・クリントン氏より、反グローバルを主張する共和党のトランプ氏の方が“現実志向でまし”と評価していた面がある。

 サンダース氏は、反グローバルで「一国主義」であることはトランプ大統領とほとんど変わらない。中国の覇権主義を強く警戒しているのも変わるところがない。「一国主義」で海外での戦争などに手を出すことには消極的である。むしろ海外から兵を帰還させる方には傾いている。根底の問題意識はトランプ大統領とかなり通底しているところがある。

 アメリカで「民主社会主義者」が大統領候補に名乗りを上げるのは異例のことだ。これもアメリカの貧富の格差が生んだ「社会主義ノスタルジー」、はたまた「社会主義シンドローム」といえる現象である。アメリカの大統領、あるいは大統領候補も誰であれ「乱世の梟雄(きょうゆう)」だ。トランプ大統領もサンダース氏もその最たるもので「グローバリゼーション」が生み出した「乱世の梟雄」にほかならない。

 トランプ大統領もサンダース氏もアメリカの「貧富の格差」を俎上に上げている。いわば右と左の両極サイドから「右か左か」ではなく、「上か下か」という問題を提起している。

 ひと言だけ触れれば、仮に「サンダース大統領」が実現すれば、アメリカから「資本の逃避」が本格化することは確実である。資本は祖国の国境を容易に越えて、資本の本領ともいうべき行動に出るに違いない。反グローバルで票を獲得できても、従来とは異なる「グローバリゼーション」をさらに拡大する結果を呼び込みかねない。
米アイオワ州の集会で支持を訴えるサンダース上院議員=2020年2月(上塚真由撮影)
米アイオワ州の集会で支持を訴えるサンダース上院議員=2020年2月(上塚真由撮影)
 資本が逃げれば、「上か下か」という貧富の格差を解決する“原資”というべきものを失うことになりかねない。サンダース氏の「社会主義ノスタルジー」現象にはそうしたアイロニー(皮肉)が内包されている。