ただ、二次被害者を多く出したことは、やや「膾(なます)を吹く」ような状況を引き起こし、また除染においては「除染とはシャワーである」というイメージが固定化されたことも否めないであろう。

 現在では、脱衣の重要性や露出部の液滴の拭き取り、ラダーパイプシステムの活用(消防車2台によるシャワーカーテン)などが広く知られるようになった。これは世界的な流れとなっている「PRISM」(事態現場の初期対応マネジメント)に従ったものである。

 その背景には、特に神経剤によるテロの場合では、シャワー除染を待つ人々が長蛇の列を作るような除染要領は現実的でなく、逆に地下鉄サリン事件の際の死者数では済まなくなるだろうという危機感があった。それでも、マスデカン(数百~数千人という大量の被災者の除染)において、何が最適かという問いには答えが出されていない。

 地下鉄サリン事件では、その救命にいわゆる解毒剤である「アトロピン」と「パム」が大活躍した。特に、特殊な薬品であるパムが間に合うかどうかというのが、大きなポイントであった。多くの患者が殺到した聖路加病院では、松本サリン事件を担当した医師からのアドバイスもあり、熟慮の末にパムを患者に投与、その効果を確認した。これにより多くの命が救われることになった。

 だが、問題もあった。それはパムが特殊な薬であり、在庫が20人分しかなかったことだ。薬剤部長がパムを扱う問屋の名古屋のS社に電話で要請した。東京中で大量のパムが必要になったため、ありったけのパムを運んでほしいというものである。

 S社の責任者は、各地の倉庫にパムを集めるよう直ちに指示した。彼はそのまま新幹線に飛び乗り、沿線の浜松、静岡、横浜の各倉庫から新幹線のホームでパムを受け取る作戦を取り、合計230人分が集まったのである。発注からわずか3時間半のことであった。

 現在では必要なパムなどは国内の要点に備蓄されており、さらに東京五輪・パラリンピックに向けて新たな備蓄が必要とされているが、その細部の備蓄要領や輸送については明らかにされていない。
地下鉄サリン事件で、毒物除去作業を行なうため、日比谷線築地駅構内に向かう陸上自衛隊員ら=1995年3月20日、東京・築地
地下鉄サリン事件で、毒物除去作業を行なうため、日比谷線築地駅構内に向かう陸上自衛隊員ら=1995年3月20日、東京・築地
 米国においては、「CHEMPACKプログラム」として備蓄の実務は地方自治体レベルに任されており、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が全体を統括している。備蓄は、全米人口の90%が1時間以内に投与を受けられるように配置されているという。

 配置場所は、主に病院か消防署のようだ。備蓄用コンテナには2種類あり、緊急用コンテナと病院用コンテナである。病院用コンテナには静脈注射用に薬品が1千人分程度入っているのに対して、緊急用には454人分の神経剤自動注射器(オートインジェクター)が入っている。ここが日本と違うところである。