逮捕までの三つの転機


 私はノエル少年が「ドローンで逮捕」に至るまでに、三つの転機を通過していると考えています。

 第一のそれは、昨年10月上旬「ノエル放送局」と題してニコニコ生放送を開始したことです。名門私立中学を退学させられ、公立中学に転校した後、学校にうまくなじめない最中でした(初期の僅かな期間、放送中のマスクは正しく装着されていました)。視聴者に自己中心的で挑発的な言葉を吐き、そのキャラクターが彼を一躍世に知らしめ、この「仕事」への執着が始まったのです。家族は「10月まではいい子だった」という趣旨の話をしているようです。

 11月22日に「中学生 驚異のアスペ診断」として、視聴者がノエル少年のネット言動を見て、自閉症スペクトラム指数(AQ)尺度に答えて採点するという動画がアップされました。結果は37点で、カットオフポイント(それを超えると可能性を疑うという基準点)である33点を超えたのですが、彼は「お前ら(視聴者)がアスペだ」と豪語したのです。ほどなくして答えていた視聴者の一人から電話が入り、「ノエルのことを客観的に答えたのであって、アスペはノエルのことだ」と説得するのですが、彼には理解されないままで終わりました。

 ここで誤解されないよう念を押しますが、AQ尺度で正確に自閉症スペクトラムを測定することはできません。そして、「アスペ」と差別語のように呼び捨てにすること、ましてや動画にコメントされたような異常者であるかのような捉え方をするのは大きな誤りです。何らかの発達障がいを有する人々の多くは、辛い経験をしながらも、社会の中で一生懸命に生活しています。

 第二の転機は、12月3日にYouTubeにアップロードされた「ノエル 家に帰らされPC投げる」と題した動画の中にあります。しばらく家を空けて帰ったところ、パソコンのモニターが無くなっていることに気づき、ひどく落ち込んでいるところから放送が始まります。おそらくニコニコ生放送を止めさせるために、家族がどこかに仕舞い込んだのでしょう。視聴者の冷たい反応に触れ、母親の言葉にも刺激され、徐々に興奮し、絶叫し、台所にいる母親に「返して!」と訴え続けます。興奮が高まると手当たり次第に自分の持ち物を投げつけ、そして台所に行ってマヨネーズをまき散らしました。その様子は、明らかに「パニック」の状態です。予期せぬ不利な事態への遭遇は、彼のような傾向をもつ人にとってはパニックへの琴線とも言える重大なことなのです。この体験が、彼の溜め混んでいた怒りの感情を増幅したと、私は考えています。その後、ノエル少年の生放送は、部屋から外へと湧出し、悪質性が増していくのです。

 第三の転機は、4月22日、永田町の首相官邸屋上に落下していたドローンが発見され、すぐに自首逮捕された40歳の容疑者が反原発を訴えるためだった等の供述が報じられたことに関わります。ノエル少年は、4月29日に初めてドローンから空撮を行う生放送に成功し、強い達成感に喚起の声を上げるのでした。この動画中「4月9日に飛ばした際に故障した」と言っていますが、永田町の事件が世間を大きく騒がしたことが彼のモチベーションを高めただろうと推察されます。「どっかの配信者はドローンを飛ばしただけで撮影はしていない」とも言い、記念すべきドローン空撮生配信第一号になったことが、その後の「ドローン撮影放送」へのこだわりを強めたのです。

 これらの転機はいずれも、「強い執着を起こさせた」と理解することによって、彼の行動理解の助けとなります。私たちが専門用語で「固着」と呼ぶ現象で、限られた体験であっても、脳に劇的な反応(快感ホルモンの放出)を引き起こし、脳がその再現を求めることで同じ言動が繰り返されるのです。一旦固着が生じるとなかなか解消されにくいという特徴もありますが、丁寧に時間をかけて新しい快体験に接することで、弱めることは可能です。

 ここまでノエル少年の簡単な心理分析を試みましたが、性格特徴を纏めると以下のようになります。ここに、三つの転機が加わることでノエル少年の暴走に至ったというのが、私の考察の一部です。

・他人の視点に立って考えることが苦手

・強いこだわり思考とこだわり行動を持つ

・現実世界での柔軟な対人関係が苦手である

・会話は理屈の羅列に終始しやすい

・予期せぬ事態でパニックに陥ることがある

・負の感情を蓄積しており、他人に攻撃的である

・低い自尊心の反動形成として、自己愛傾向や自己万能感が強い


 これらは、先天的な特徴と、生育環境及びそれまでの社会での対人関係が輻輳することによって助長されると考えられます。社会との相互作用の中で何に「固着」を起こすかによって、時には反社会的な行動に走ることがあるのです。

 最後に、彼が逮捕に至るまでに「助けられなかったのか?」という観点から検証してみることも重要だと考えています。というのも、公立中学に転校してから、学校は彼の不適応状態を把握していたし、家族は彼が起こすトラブルに困っていたという事実があります。学校と家族が連携し、専門機関の支援を仰いでいたら、ここまで重大な局面を迎えることはなかったのではないか、そう考えると彼一人の問題に帰してしまうのは誤りで、社会全体に自らの眼差しを問う必要性を痛感するのです。それは「囲い」や「生放送視聴者」だけの問題ではありません。