そして、この問題を巡る安倍首相や閣僚、与党議員、その他関係者の答弁があまりにもいい加減、支離滅裂、むちゃくちゃであった。例えば、招待者名簿について「バックアップデータが残っている電子データは、政府の定義では『復元できない電子データ』」「バックアップデータは公文書ではない」「バックアップデータに文書が残っているのは想定外」と答弁している。
 
 さらに、衆院予算委員会の質疑で、辻元清美議員に対する安倍首相の「ヤジ」問題が起こった。辻元氏が「タイは頭から腐る」と批判すると、首相が「意味のない質問だよ」と声を荒らげたため、野党が反発し、審議拒否していた。結局、首相は「不規則発言は厳に慎む」と謝罪に追い込まれた。

 その他にも、第2次安倍政権では10人の閣僚が辞任している。そのたびに、首相は「任免責任は、この私にあります」と発言した。しかし、首相は「任免責任」と10回も発言したわけだが、責任を1回も取っていない。

 それどころか、政権に従順とされる東京高検の黒川弘務検事長の定年延長を決めた。黒川氏を検事総長に据えるためだとされる。検察庁法22条は「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定めているが、安倍政権は国家公務員法の定年延長規定を拡大解釈して決めた。度重なるスキャンダルから、「首相自身」「お友達」「仲間」を守るためだとされる。

 要するに、第2次安倍政権が長期化する中で、「安倍1強」という状況が出来上がるにつれて、首相が「お友達」に「特別な便宜」を図った「権力の私的乱用」が疑われる事案が次々と発生してきた。首相は、その役人に責任を押し付けた。役人は、首相のために虚偽答弁や公文書の改ざん、破棄を行ったのではないかと国民に思われてしまっている。

 安倍首相は「責任」という言葉を多用してきた。だが、実際に「責任」を取ったことがない。だから、国民は首相の「責任」という言葉を信頼できない。

 また、首相は感染の拡大防止に「あらゆる手段を尽くす」というが、そこから「国民を安心させ、国民を守る」という姿勢が感じられない。

 どうせ「お友達」「仲間」のためだけに手段を尽くすのだろうと思われてしまっている。だから、国民は一丸となってこの「有事」を乗り切ろうという気持ちになれないのである。

 さらに問題となるのは、安倍首相自身が国民に信頼されていないことを自覚していて、焦りが見られることだ。首相は2月27日に全国の小中高校などに3月2日からの全国一斉の臨時休校を要請した。

 新型コロナウイルスの感染拡大に対する防止策であり、首相は「これから1~2週間が急速な拡大か終息かの瀬戸際」と訴えた。ところが、愛媛県の中村知事などから場当たり的で唐突な決定だと批判されると、「専門家の意見を伺ったものではない。私の責任において判断させていただいた」と説明した。
新型コロナウイルスの感染拡大を巡る記者会見で、記者の質問に笑顔を見せる安倍首相=2020年3月14日、首相官邸
新型コロナウイルスの感染拡大を巡る記者会見で、記者の質問に笑顔を見せる安倍首相=2020年3月14日、首相官邸
 つまり、「全国一斉休校」という重大なことを、専門家の意見を聞かずに首相の独断で決めたということだ。そして、それは新型コロナウイルスへの政府の対応が支持されないことに焦り、なんとか打開しようとして行ったことだというのだ。

 筆者は、全国一斉休校には一定の合理性があると考えている。「1~2週間が感染拡大か終息かの勝負どころ」であるならば、ここでイベントなどの自粛に加えて小中高などでの感染を抑え込めれば、感染規模は大幅に小さくなるからだ。しかし、合理的な決断であっても、それが焦りからなされたものであれば、最悪な決断だ。