世界の女子サッカーを変えたなでしこ


――話を戻しますが、「攻守にアクションをする」という新しい方法も一朝一夕にはできなかったと思います。

佐々木 じつは、最初は宮間選手たちベテランもなかなか順応していませんでした。われわれは2008年から09年にかけて、「こうしろ、ああしろ」と細かく戦術を指示しました。しかしパワーがあり、体格も大きい外国勢に勝つためには、いままでにない戦い方や守備が必要です。

――新しい戦い方が必要になったのですね。「ジャパンオリジナル」ではないですが、日本ならではの方法論を生み出したということでしょうか。

佐々木 とくに守備の面を意識しました。相手を中から外に追いやる守備は世界標準です。しかし、それだと縦に蹴られたとき、ボールが外に出て相手のスローインから始まってしまいます。そこでわれわれは、いままでとはまったく異なる守備を考え出しました。ワザと中に誘って数的有利でボールを奪う。そこから攻撃を仕掛けるというものです。選手たちはその理論を学んで、体で身に付け、トレーニングを積み重ねる。そうやって、なでしこたちが動けるようになったのが1年半後のW杯なのです。

――ドイツW杯での6試合ばかりが報道されましたが、大会に至るまでのプロセスが優勝の鍵となった。でも、監督と選手で侃々諤々あったのでは。

佐々木 なでしこのサッカーは、選手と監督をはじめとするスタッフが30年の歴史のなかで切磋琢磨して積み上げてきたものです。経験値のある選手はオートマチックに動けているものの、若手にはまだまだ浸透していない部分もありますね。

――昨年はカナダ遠征でカナダ代表との親善試合も2戦行ないました。結果は3―0、3―2と勝利。ただ、絶対的な支柱である澤穂希選手(INAC神戸)は選ばれませんでした。彼女の存在感と安定感は別格だと思いますが。

佐々木 海外組の選手をはじめとするほかの選手を試す時期で、今回はメンバーに入らなかった事情もあります。カナダはW杯でベスト8クラスの相手と想定しています。開催国での試合ということもあり、今回はヨーロッパ組にプラスして日本の国内リーグでのベストメンバーをエントリーしました。

――現状のパフォーマンスで全員を評価した結果だと。

佐々木 もちろん、ベテランや中堅選手のレベルも上がってきています。

――メンタル面では、宮間選手がカバーしています。

佐々木 そうですね。2大会を経験している選手たちが支えている状況下でなでしこのチーム力はかなり上がりました。

――監督としては、このチームは何を理想としていくべきだと思われますか。明らかにいまのチームは4年前とは違います。

佐々木 2008年から、先ほど話した「攻守にアクションをする」という全員攻撃・全員守備を徹底してきた土台がチームにあります。発足当初の小さなチームが、北京五輪でベスト4入りを果たしました。「日本のコンパクトなサッカーに大柄な外国人選手が振り回されている」と世界中から注目を集めました。なでしこのサッカーが、世界の女子サッカーのスタンダードを変えた瞬間です。いまや、大柄でパワーもある選手たちが、コンパクトに守備を固め、高いテクニックで巧みにボールポゼッションするのが女子サッカーの主流です。世界各国の女子サッカーチームが日本のようなスタイルを取り入れている流れで、2015年W杯を迎えようとしているのです。

 W杯で優勝した2011年から1年ほどは、われわれが相手の個を消しながら、自分たちの良さを活かすサッカーが機能していました。しかしいま、FIFAランキング15~20位クラスに属する国のプレーが本当にうまくなっています。たとえば潜在的にパワーがあるニュージーランドは以前であれば「3点差くらいつけて勝つ」と意気込めたのが、いまは簡単に勝てる相手ではありません。

――なでしこが、もっといえば日本の女性が、世界の流れを変えたともいえます。その上での上積みは何があるのでしょう。

佐々木 やはりもっと攻守一体型のサッカーをめざして、アベレージ(平均値)を上げていかなければいけません。

選手からの提案は「やってみる」


――佐々木監督は女性のチームを率いて世界一に輝きました。世の中には、女性の組織をまとめる管理職として悩んでいる方も多いと思います。よい結果を出す秘訣はありますか。

佐々木 最初のころと違うのは、まず僕が冗談をいっても、いまの若い選手は笑ってくれない。昔のメンバーはみんな笑ってくれたのに(笑)。「怖い」という気持ちはないと思いますが、若い人ほど「なでしこの監督」というイメージを強く抱いているのかもしれない。僕はチームのボスでもなく、選手たちの兄貴分、あるいは父親役を務めているようなものです。上の世代とは比較的対等な人間関係を築いてきたし、僕のことを「ノリさん」はまだしも、悪ふざけで「ノリオ」と呼ぶ人もいるくらい(笑)。

 監督というイメージを払拭するという意味でも、いまの若い選手には「ああしろ、こうしろ」とは要求しません。サッカーはアメフトのように「こういうときは、こうプレーする」という約束事はありません。ピッチ上では自分で判断し、プレーを選択することが要求されます。細かい指示を与えると、選手が考え込んでしまい、逆にパフォーマンスを落としかねない。なにより判断力が絶対に身に付きません。

 若い世代にはできるだけ細かくいわずに、若い感性を活かしたアイデアやひらめきを表現して、伸び伸びと自分らしいプレーができるように環境をつくってあげることが大事です。

――失敗してしまった選手に対してはどんな声を掛けますか。

佐々木 失敗を恐れてセーフティなプレーに終始した場合は、注意しなければいけませんが、失敗を恐れずにチャレンジした姿勢は評価をします。なにより日ごろからピッチ内外問わず観察し、気が付いたことがあれば選手に声を掛けています。優勝が決まるような緊張感のある試合でも普段どおりの力を出すためには、「いつもと同じように」コミュニケーションをとることが大切なのです。

――選手からの提案にはどのような対応をしていますか。

佐々木 選手から「このフォーメーションはどうでしょう」と提案があれば、「それもいいんじゃない。やりたい? じゃあ、やってみるか」という具合に親善試合などでも、どんどん取り入れることはあります。

――上司が部下の意見をすぐ採用する組織は一般企業では珍しいです。ピア・スンドハーゲ監督(元アメリカ女子代表監督、現スウェーデン女子代表監督)のように女性の組織を女性が指導する場合のメリット、デメリットをどうお考えですか?

佐々木 同じく女性でドイツの監督を務めるシルビア・ナイト氏にも該当しますが、とにかく選手たちとの一体感を大事にしていますね。試合後、選手を集めてじっくり話をしたり、点を取ると控えの選手も含めてハイタッチしたり。「この結果はみんなの力よ!」といわんばかりのオーバーアクションも効果的でしょう。僕も真似しなきゃだめなのかなあって思います(笑)。

――それはどうでしょう(笑)。佐々木監督なりの表現方法があると思いますよ。

一体感をもって本番へ


――率直に聞きますが、W杯出場国のなかで手強そうな国はありますか。

佐々木 メキメキと力を付けてきているフランスです。日本と同じようなオーガナイズのチームで、かつ身体能力の高い選手がいます。それに加えて、トミス選手(オリンピック・リヨン)をはじめ大柄でスピードのある選手も揃っています。潜在能力では一番ではないでしょうか。親善試合でもドイツに2―0で勝ちましたし、6対4ぐらいの割合でイニシアティブを取っていました。

――最後にW杯連覇の達成に向けて、課題は何でしょうか。

佐々木 ボールを動かす仕掛けも大事ですが、もっとチーム全体で攻守におけるプレーに一体感をもって本番に臨みたいです。アジア大会の敗北もそうですが、チームの一体感があれば、攻撃に加えて守備も意識しながらポジションを取れる。逆に、一体感がないとショートカウンターやセットプレーで失点してしまうケースが増えてしまいます。

――なでしこの強さの1つは「一体感」。ファンやサポーターも選手たちと一体感をもって応援してくれるでしょうね。W杯での健闘をお祈りしています。

佐々木 ありがとうございます。本番に向けてしっかり準備します。

ささき・のりお サッカー日本女子代表監督。1958年生まれ。明治大学卒業後、NTT関東サッカー部でプレー。2007年12月より現職。08年の北京五輪四位、10年アジア大会優勝。11年女子W杯(ドイツ)にてFIFA主催大会で男女を通じ、日本を初優勝に導く。国民栄誉賞を受賞し、12年のロンドン五輪では史上初の銀メダルを獲得。