そんな志村さんがNHKの朝の連続テレビ小説『エール』に俳優として、作曲家である山田耕筰の役で出演すると知り、楽しみに放送開始日の朝を待っていました。そんな朝に飛び込んできたニュースが、前夜に志村さんが新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなっていたというものでした。

 東京都は毎日のように速報で、新型コロナウイルスの新たな感染者と犠牲者を発表していますが、男性か女性か、年齢、職業といった情報に限って個人情報を出しています。ただ、発表された犠牲者の中に、職業欄が空欄の人が2人いました。その2人のうちの1人が志村さんだったのです。

 死亡者は男性で70歳、職業はタレント、と公表すればマスコミが黙っているわけがありません。それを避けるための、東京都職員の苦肉の策だったのでしょう。

 しかし、このショッキングなニュースは日本列島を駆け巡りました。続けて劇作家であり人気タレントでもある宮藤官九郎さんが、新型コロナウイルスに感染していることも発表され、国民の間に衝撃が走りました。

 明日はわが身、という実感を持って、私たち一般人が新型コロナウイルスに真剣に向かうきっかけを与えてくれたのは、皮肉なことに彼ら有名人の感染でした。コロナの犠牲者が有名人か一般人かは、命の重さとしては、全く差はありません。しかし、私たちはテレビなどで見知った人気者に、友達のような親しみを覚える傾向にあります。

 その意味で志村さんの死は無駄ではありません。まるで家族や友達が新型コロナウイルスにやられたような、強烈なインパクトを多くの日本人に与えました。
志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎のため死去したことを伝える大型モニター=2020年3月30日、東京・秋葉原
志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎のため死去したことを伝える大型モニター=2020年3月30日、東京・秋葉原
 学校が休校になって暇をもて余し、原宿あたりで遊んでいた子供たちも、志村さんの死をきっかけに我に返って行動を慎むようになりました。それまで男女別と年齢、地域で表現されていた統計的な数値でしかなかった新型コロナウイルス感染を、リアルな個人名として見せつけてくれたのです。

 志村さんは新型コロナウイルスを相手に、「だいじょうぶだぁ〜」とおどけて見せて、「アイーン」と首に手をやり、大げさにズッコケてくれたようなものです。私たち日本国民がズッコケないように、志村さんは自らの命と引き換えに、大切なことを教えてくれたように思います。