重村智計(東京通信大教授)

 新型コロナウイルスの感染拡大に世界中が苦慮している中、北朝鮮だけが「感染者は一人もいない」と公式に宣言し続けている。事実なら奇跡だが、各国は疑問視している。

 なぜ北は「感染者ゼロ」にこだわるのか。安全保障上の危機感と「儒教社会主義」の価値観が背景にある。指導者の世襲は文字通り、儒教社会主義の表れだ。

 在韓米軍のロバート・エイブラムス司令官は、4月2日に米CNNテレビのインタビューに応じ、「北朝鮮の主張は事実と違う」と述べた。司令官は「情報源と情報入手の手段と証拠は、明らかにできない」とし、情報機密の開示は拒否した。

 それでも、証拠に関して「われわれが見た全ての情報による」と言及した。つまり、米情報機関の人的情報に加え、偵察衛星の写真分析だ。

 実は、3月にも「北朝鮮の軍が30日も軍事行動を止め、空軍戦闘機の飛行も停止した」と述べていた。国境の封鎖と軍の部隊編成に厳格な措置がとられたという。戦闘機の飛行禁止は、新型コロナウイルス感染を恐れるパイロットの亡命阻止のためだ。

 米国が入手している情報によれば、北朝鮮で感染者が出ているのは明らかだ。北朝鮮は、連日新型コロナウイルスに対する警戒の動きを報道している。赤十字を通じた海外からの医療支援も受け入れており、感染拡大は間違いないようだ。

 北朝鮮は、なぜ感染について明らかにしないのか。それには主に四つの理由がある。
朝鮮労働党の政治局拡大会議を指導する金正恩党委員長。朝鮮中央通信が2020年2月29日報じた(朝鮮通信=共同)
朝鮮労働党の政治局拡大会議を指導する金正恩党委員長。朝鮮中央通信が2020年2月29日報じた(朝鮮通信=共同)
 米国は、偵察衛星の写真から感染兵士の火葬や集団埋葬を確認したという。北朝鮮軍にとっては、兵士の感染は安全保障上の重大な危機である。北朝鮮軍幹部が感染が米韓に知れれば軍事攻撃に踏み切ると考える、これが感染を公表しない最初の理由だ。非常に北朝鮮軍らしい発想だといえる。

 攻撃を阻止するには、「感染者はいない」と言い続けるしかない。軍事上の心理作戦である。