小倉正男(経済ジャーナリスト)

 トップダウンで行うというのが、「クライシスマネジメント」(危機管理)の鉄則である。

 有事には、ボトム(現場サイド)の意見をこなして調整に時間をかけていては決断、判断の時期を逸するということになりかねない。クライシスが顕在化した場合は、決断、判断を担っているトップがその仕事を果たさなければならない。

 日本のあらゆる組織は平時に慣れ過ぎており、一般的にクライシス対応は上手いとはいえない。トップがボトムを通さないで決めると、「それは聞いていない」と必ず不満が出る。“護送船団”のスローボート型の決定システムでスピードは求めようがない。

 日本の組織の多くは、現場などからの意見、情報を吸い上げて、トップ層がおもむろに議論するボトムアップでつくられている。いわゆる「日本型経営」が典型だが、企業が得意にしているシステムだ。平時はそれで問題はなく、組織全体のやる気を醸成できる面がある。しかし、有事にはその身についたシステムでは対応できない。

 「国民の命と健康を守るため、警戒を緩めることなく、必要な対策は躊躇(ちゅうちょ)なく決断して実行する」(3月12日、安倍晋三首相が記者団に表明)

 新型コロナウイルス感染症の問題では、安倍首相はこの発言通りにトップダウンで指揮をとって、素早く対策を打ち出し続ける必要があった。

 「躊躇なく決断して実行する」というのだから、間髪を置かずと誰もが受け止めた。

 確かに、日本銀行は上場投資信託(ETF)の買い入れ目標の上限を従来の6兆円から12兆円に引き上げると決定した。3月16日、黒田東彦(はるひこ)日銀総裁は「当面必要ある限り12兆円ペースで買う」と表明した。
金融緩和の強化を行うことを発表した日銀の黒田東彦総裁=2020年3月、東京都中央区(納冨康撮影)
金融緩和の強化を行うことを発表した日銀の黒田東彦総裁=2020年3月16日、東京都中央区(納冨康撮影)
 安倍首相の要請を受けた動きとみられ、大幅に下落した株価を下支えする政策を打ち出した。低落している株式を大量に拾っているわけだから、日銀の財務悪化が懸念される事態である。是非をめぐる議論はあるが、株価下落の不安に一定の歯止めをかけた緊急措置だったのは間違いない。

 問題は一般の国民向けの緊急対策で、矢継ぎ早に打ち出されるとみられていた。だが、その後は事あるごとに首相周辺も含めて「躊躇なく」「前例のない」「大胆な」「思い切った」と大仰な言葉を繰り返し並べるばかりだった。言葉の動員は躊躇ないものだったが、肝心の目に見える具体策は何も示されなかった。

 目に見える具体的な政策が出たのは月を改めた4月1日。布マスク2枚を全世帯に配布すると表明した。遅れに遅れたうえに中身の乏しさに「これが前例のない大胆な政策か」と国民を落胆させた。スピード感を云々する以前の緩いスピードであり、早速「アベノマスク」と名付けられた。アメリカメディアは「エイプリルフールの冗談では」と辛辣だった。