夏目佐季子(スペイン在住英語学校共同経営者)

 私はスペインのバレンシア州にある人口30万人ほどの中小都市に住んでいるが、およそ1カ月前の3月12日のことが印象深かった。

 その前日まで一般市民の間には、ほとんど新型コロナウイルスに関する緊張がなかった。だが、信じられないような爆発的な感染拡大が起き、突如として、その日を境に市民の意識が変わったのだ。

 それまでもニュースでは近隣国のイタリアでの感染拡大が大きな話題になっており、その日までの死亡者が1千人(AFPによると4月15日現在、約2万1千人)を超えたところだった。スペインでの新型コロナウイルスによる死亡者は、ある統計では、3月12日時点で86人(同、約1万8千人)とされていた。
 
 もちろん、それまでも新型コロナウイルス対策の注意喚起はあり、手洗いなどが奨励されていたが、一般市民に緊張感はほとんど見られなかったのである。誇張ではなく、マスクをしている人を一人として街で私は見かけたことはなかった。

 今となっては信じられないような話だが、本当に3月12日の昼頃まで市民はいつもと変わらない生活を送っていた。

 そもそも、イタリアもそうだが、スペインでもあいさつは、いわゆる「濃厚接触」だ。ちょっと久しぶりに会った人とはハグや頬にキスをする。実は私もその前日の11日、同じマンションの階下の女性に久しぶりに会ったので、濃厚接触のあいさつをしている。

 12日の朝、「来週から学校が閉鎖されるらしい」と周囲で話題になり、そして同日午後には、その情報が確実になった。すべての教育機関は翌日13日が最終日。そして、すべてが急ピッチに進んだ。

 土曜日にあたる14日には、非常事態宣言が発動され、食料品店と薬局以外の店、レストランやファーストフード店を含むすべての飲食店も一斉閉店となった。週明けの16日からは外出禁止令が出された。そしてマドリードを中心とした首都圏を中心に起きた爆発的感染拡大の様子は皆さんもニュースで見た通りだ。

 要するに、爆発的感染拡大は一度起きてしまうと、歯止めが効かなくなるということを実感した。私の住んでいる州は首都圏のようにひどくはないが、悲惨なニュースが毎日流れてくる。たとえば、高齢者施設で集団感染があっても、家族は手の施しようがないといったことだ。

 こしうた中で、最近の日本のニュースを見ていて、どうしても気になることがあった。「社会的距離」が時によって、いとも簡単に崩れてしまうことがあるという危うさだ。

 スペインではその日を境に、接触を伴うあいさつが習慣だった市民の間に、「社会的距離」が瞬く間に浸透したのには驚いた。

 私のマンションでは、非常事態宣言が出るや否や、自治会から「自宅にとどまってください。社交距離は建物内でも1メートルを守ってください」との注意書きが配られた。
自治会から配布された注意書の一部(筆者提供)
自治会から配布された注意書きの一部(筆者提供)
 また、スーパーの外の歩道にも1メートル間隔で線が引かれた。並んで待つのも1メートルずつ間隔を空ける。スーパー内のレジ前の床にも間隔を置いて線が引かれた。

 市内バスは運転手との距離を確保するため乗客は後方乗降口のみを利用、よって料金の受け取りはなくなり無料となった。かなりの間隔を取って座席はテープで隔離された。向かい合わせの4人掛け席に座れるのはたった一人。四方1・5メートルの間隔はとっているので、乗車できるのは10人にも満たないかもしれない。

 定員オーバーで乗車できなかった客は、次のバスを待つ。「社会的距離」という明確な指針があるためか、静かに従っている。