金元首相が述べる明らかなウソ


 金鍾泌元首相の証言は見るべき点も多いが、一方で明らかな虚言が交ざっている。慰安婦問題に関する発言がそれである。

 「朝鮮人慰安婦」問題は、歴史的に重要な問題として韓日会談で取り上げられていなかった。1951年から65年までの14年間の会談で慰安婦は一度も議題になったことがなかった。62年11月、私は大平正芳外相と請求権交渉を繰り広げるも、この話は取り出さなかった。この問題を知らなかったわけでもなく、日本の過ちを上書きすることは意味もなかった。それが私たちの社会の暗黙の雰囲気であった。当時、慰安婦はひどい戦場を転々としながら、人間以下の最低地獄に落ちながらも九死に一生を得て帰ってきた人びとである。体も心も傷だらけの人だった。彼らの年齢はまだ30代から40代前半であり若かった。凄惨な苦労を経験したあと、やっと母国に戻って結婚をして子供を産んで家族を養っている。彼らの過去の歴史と傷を取り出すのは二重・三重の苦痛を抱かせることだった。

 韓国がいうように20万人もの女性が拉致され、慰安婦にされたというならば、社会的な大問題であり議題に取り上げないはずはない。慰安婦を問題として取り上げなかったのは、金氏が述べるような慰安婦への配慮ではなく、韓国社会全体が彼女たちを売春婦だと見下していたからにほかならない。

 2000年初頭に私が韓国に行ったとき、韓国で有力な地位にある人から「慰安婦は日本統治時代は日本からカネを貰い、戦後は韓国からカネを貰い、また日本から賠償金を取ろうとする。賤しい人たちだ」と直接話を聞いている。しかし2年ほど前に再会したときには、「日本は慰安婦のお婆さんへ賠償すべきだ」と真逆のことを聞かされ、韓国社会の潮流が変わってきたのだと肌身に感じさせられた。さらに金氏は、

 「(慰安婦たちが)安心して平和にこの世を去ることができるようにして差し上げるべきである」

と述べるが、日本と韓国は日韓基本条約により、韓国に対する莫大なる経済協力と韓国の日本に対する一切の請求権の完全かつ最終的な解決、それらに基づく関係正常化を取り決めたはずである。慰安婦たちに手を差し伸べるのは日本政府ではなく、韓国政府にほかならない。

 2012年3月、民主党の野田佳彦内閣のとき、佐々江賢一郎外務次官が慰安婦問題について解決すべく3項目の案を提示している。

(1)日本の首相が公式謝罪をし

(2)慰安婦被害者に人道主義名目の賠償をし

(3)駐韓日本大使が慰安婦被害者を訪問して首相の謝罪文を読み、賠償金を渡す


 という内容である。結果的に第2項の人道主義名目の賠償を韓国が受諾しなかったため、暗礁(あんしょう)に乗り上げ、その後、野田政権は退陣した。

 仮にこの「佐々江案」が了承され実行された場合、日韓のみならず、賠償金を追加で欲しいと要請する国には、たとえ「完全かつ最終的な解決」が明記されていたとしても、日本政府は支払う義務を生じ、戦後賠償はすべてやり直しになる。慰安婦問題は日韓だけの問題ではないことを肝に銘じる必要がある。その上で日本は韓国に対し、歴史問題において一歩も退く必要はなく、毅然と振る舞えば良い。韓国は日本に資本財(企業が生産活動をするために必要な資材)を依存しており、日本がなければ経済は成り立たない。本稿の最初に紹介した韓国国内をめぐる動きは、ここに端を発している。

 一方で日本も「用日」という言葉を聞いてただイライラするのでは、戦略的思考であるとはいえない。韓国が役に立つならば「用韓」して利用すれば良い。国際社会は利用し、利用されるのが常であり、無償の愛など存在しないからだ。そのためには、日本は韓国に対し、もっと冷淡にいくべきである。日本が韓国に対し冷淡になっていけば、いずれ「用日」などとも言えず、日本に従わざるをえない「従日」へと変化していくであろう。今年は大東亜戦争終戦70周年である。韓国が日本にすり寄ってくるいまこそ、安倍首相は大手を振って靖国神社に参拝すべきである。

 日韓国交50周年が経ち、日本と韓国の真の友好を願うならば、日本は韓国に中途半端な手助けや助け舟は出してはならない。それこそが、日韓友好の礎となると信じるのである。

※崔ギョン煥の「ギョン」は日かんむりに火
※尹ボ善の「ボ」はさんずいに普

げんこつ・たくふみ 1976年生まれ。漢学、東洋思想、東洋史の研究を行ない、名越二荒之助(元高千穂商科大学教授)、杉之尾宜生(元防衛大学校教授)に師事。論文や研究発表などを精力的に行なう。著書に、『韓国が次に騒ぎ出す「歴史問題」』(PHP研究所)、『韓国「反日謀略」の罠』(扶桑社)などがある。