2020年04月27日 13:49 公開

ナチス・ドイツのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を生き延びたベルギー人の1人、アンリ・キシュカさんが25日、新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)でブリュッセルの介護施設で亡くなった。94歳だった。

アウシュヴィッツ強制収容所は、第2次世界大戦中にナチスがポーランド南部に設置。犠牲者は約110万人とされ、その大半がユダヤ人だった。

今年1月にBBCの取材に応じたキシュカさんは、どうやってアウシュヴィッツを生き延びたのかという質問に対し、「アウシュヴィッツの中では生きられない。あの場所は死そのものだった」と語った。

息子のミシェルさんはフェイスブックへの投稿で、「小さなコロナウイルスが、ナチス軍ができなかったことを成し遂げてしまった。私の父は『死の行進』を生き延びたが、彼の『生の行進』はきょう終わりました」とつづった。

ナチスは戦況が不利なった1944年から45年にかけて、国外の強制収容所にいた囚人を徒歩で国内に強制移動させた。その過程で多くの命が失われたため、後に「死の行進」と呼ばれるようになった。

アンリ・キシュカさんは1926年、ブリュッセルでポーランド系のユダヤ教徒の家庭に生まれた。両親は東欧の反ユダヤ主義から逃れ、西欧で新しい生活を築こうとしていた。

しかしナチス・ドイツがベルギーに侵攻、占領した際、一家は隠れるところがなく、1942年に連行された。

キシュカさんと父親は強制労働に従事させられた。アウシュヴィッツへ連れて行かれた母親と2人の姉妹、そしておばは、到着と同時にガス室で殺され、遺体は焼却された。

ソ連軍がナチスの中東欧の強制収容所に迫った1945年、キシュカさんは『死の行進』に参加させられ、ドイツ国内の収容所へと移動させられた。

戦後、キシュカさんは長い間、自らの経験を語ろうとはしなかった。結婚し、妻と共に店を開き、4人の子どもと、9人の孫、14人のひ孫に恵まれた。

しかしその後、経験を思い出す苦痛を味わってでも、他の人がアウシュヴィッツを忘れないようにしたいと思い、学校などで講義を始めた。

終戦60周年の時には、自分が死んだ後にもその声が届くようにと、強制収容所での経験をつづった自伝を発表している。

(英語記事 Auschwitz survivor Henri Kichka dies of Covid-19