2020年04月29日 14:25 公開

北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の健康状態についての憶測が飛び交っている。ただのうわさかもしれないが、短期あるいは長期的に金委員長の後を誰が継ぐのかという疑問は常にある。その候補者と可能性について、専門家に聞いた。

1948年の金日成氏による建国以降、北朝鮮では金一族の男性が実権を握ってきた。一族の神話は北朝鮮社会に深く根ざしている。

金一族の威光を示すプロパガンダは、子どもが読み書きを覚える前から始まる。幼稚園で子どもたちは「私たちの指導者に会いたい」という歌を習うのだ。

これほどに象徴的な最高指導者を失った北朝鮮を想像できるだろうか? 国家の上層部から社会全体までが、一体どのように振る舞うのだろうか?

簡単な答えは「私たちには分からない」だ。面白いことに、「彼らにもわからない」のだ。これまでそんなことはなかったのだから。

北朝鮮の精神的支柱

金正恩氏は実権を握る前から、「白頭血統」という言葉でその正統性が守られてきた。

白頭山とは、正恩氏の祖父の金日成(キム・イルソン)氏が抗日ゲリラ活動を行い、父の金正日(キム・ジョンイル)氏が生まれたといわれている聖なる山だ。正恩氏も、重大な政治的決定を強調したい時などにこの山を訪れている。

金一族は、北朝鮮の精神的な支柱なのだ。

このような跡継ぎがいなくなれば、北朝鮮はどうなるのか? 現在36歳の正恩氏には子どもがいると言われているが、幼すぎる。正恩氏には10歳から3歳までの3人の子どもがいると考えられている。正恩氏自身、実権を握った27歳の時には若すぎると思われていた。

もしもの場合には、複数人からなる指導者グループが台頭してくるのではないかと考えられている。このグループは、建国者の教えや正統性に大きく依拠することで、自分たちの立場を確保するだろう。

北朝鮮の専門家らは、誰が重要な役割についているのかを追跡できるし、重要な機関についてのニュースや情報を追うこともできる。しかし、国内で派閥がどのように発達しているのか、組織よりも個人的なつながりで誰が権力を握っているのかまでは明言できない。さらに、形ばかりのトップの裏でナンバー2が実力を握っている場合もある。推測が非常に難しいのはそのためだ。

残る金一族は3人

正恩氏がいなくなった場合、北朝鮮の政治構造に関わる可能性のある金一族は3人いる。しかしそれぞれ、一族のルールを継続するには足りない点がある。

1人目は、正恩氏の実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏。父の正日氏のお気に入りで、早くから政治に興味があると言われていた。そのふるまいは手際がよく、穏やかで、どちらかといえば観察者の立場に近い。そして何より、兄の正恩氏に近しいことで知られる。2018年6月にシンガポールで行われた初の米朝首脳会談で与正氏は、正恩氏に合意文書に署名するためのペンを渡して注目を浴びた。昨年2月のハノイでの会談でも、正恩氏が写真を撮られているのをそっと見ていた姿が撮影されている。

しかし、ハノイでの米朝会談が失敗に終わった後、北朝鮮では政府高官の降格があり、与正氏もその中に含まれていた。だがこの情報を確認することは不可能だろう。与正氏は最高政策機関である国務委員会には所属していないが、中央委員会の代理委員のほか、宣伝扇動部副部長を務めている。

一方で、極端な男性優位社会の北朝鮮において、女性である与正氏が指導者の座に着くことは考えづらい。最高指導者となり、軍を統括することは、この国では女性の役割とは考えられていない。

2人目は、正恩氏の実兄にあたる金正哲(キム・ジョンチュル)氏だが、一度も政治や権力に興味を示したようにみえたことはない。(彼はエリック・クラプトン好きとして知られている。)それでも、正哲氏は金一族との象徴的なつながりにはなりえるため、国の長となって奇妙な演説をする日が来るかもしれない。

最後の1人は、正日氏の異母弟にあたる金平一(キム・ピョンイル)氏。母の金聖愛(キム・ソンエ)氏は平一氏を日成氏の後継者にしようとしていたが、失脚。平一氏は1979年に欧州へ派遣されて以降、さまざまな外交職を経て、昨年北朝鮮に来たばかりだという。つまり、平壌のエリート政治家の中で中心となれるようなネットワークを持っている可能性は非常に低い。

ナンバー2、古参のスパイのリーダー、政治の新星…

正恩氏時代の北朝鮮政治の中心に関わっている人物が何人かいる。しかし、誰と誰が協力関係を築き、誰と誰が対立しているのかを把握するのは難しい。

その一人が崔竜海(チェ・リョンヘ)氏だ。正恩氏のもとで浮き沈みを繰り返し、いくつかの政治の嵐を経て、現在は国務委員会第1副委員長となっている。昨年には、20年にわたって最高人民会議の常任委員会委員長を務めていた金泳南(キム・ヨンナム)氏から職務を受け継いだ。つまり、外交の場では崔氏が北朝鮮の代表ということになる。

また、軍人としても位が高いだけでなく、党への忠誠を執行する朝鮮労働党組織指導部の高官でもある。組織指導部は国内で非常に強大な権力を持っていることから、崔氏が北朝鮮の現在のナンバー2だとみられている。

同じく軍人の金英哲(キム・ヨンチョル)氏は、2018年と19年に行われた南北首脳会談への道筋を作るため、マイク・ポンペオ米国務長官と会談を重ねた。韓国との関係を取り仕切る中央統一戦線工作部や、情報機関である朝鮮人民軍総参謀部偵察局のトップを務めた経歴がある。米朝会談の失敗後に降格処分となったようだが、このスパイのリーダーがそう長く姿をくらませている可能性は低いだろう。

内閣総理の金才龍(キム・ジェリョン)氏も影響力のある人物で、国務委員会の一員でもある。詳しい経歴は明らかになっていないが、これまでの重鎮の地位が下がったことで表舞台に出てきた。産業の管理のほか、過去には主要な軍事産業施設のある、北朝鮮国内で最も隔絶された地域を治めていたことが分かっている。同国の核開発に深く関わっていた可能性がある。

そのほか、政治犯の摘発や指導者の警護を行っている国家保衛省トップの鄭京擇(ジョン・キョンテク)氏、朝鮮人民軍総政治局の金秀吉(キム・スギル)局長や金元弘(キム・ウォンホン)氏なども有力とされている。総政治局は軍で政治への忠誠心を奨励する機関で、政情が不安定な時には非常に重要な役割を担っている。

一方、ここ数年で表舞台から消えてしまった人物もいる。黄炳瑞(ファン・ビョンソ)氏は一時は総政治局長を務めたほか、金元弘氏のライバルとみなされていた。しかし、崔竜海氏のようには返り咲けなかったようだ。2010年代に外交で活躍した李容浩(リ・ヨンホ)氏や李洙墉(リ・スヨン)氏も同様で、彼らの役割は現在、李善権(リ・ソンゴン)氏や金衡俊(キム・ヒョンジュン)氏などが担っているという。

完璧な候補者はいない

こうしたエリートたちの中で、誰と誰が手を組み、誰と誰が対立するのか? 金与正派閥にいるのは誰で、誰が反対派なのか? それとも政情不安を理由に、ライバルたちが協力し始めるのか? 結局のところ、北朝鮮の崩壊を望むエリートはいない。それは韓国や中国にまで、何らかの形で権力を明け渡すきっかけになるからだ。

現時点で、金正恩氏の完璧な後継候補はいない。実妹は性差別や男系継承の伝統を克服しなければならないし、他の候補者は最も重要な白頭血統を直接受け継いでいない。それでも最終的には、あらゆる国際的な常識を否定して守ってきた北朝鮮という国の結束について、考えなければならない時が来るだろう。

(英語記事 Sister or spymaster: Who might lead N Korea without Kim?