2020年05月05日 13:21 公開

マイケル・マッデン 北朝鮮指導部専門家、スティムソン・センター

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が1日、平安南道の肥料工場に現れた。先週、一部の海外メディアは金氏の死亡説を報じていたが、20日ぶりに公の場に登場した彼は非常に元気そうだった。北朝鮮の国営メディアが公表した写真は、慎重に演出され、タイミングを見計らって公開されたものだろう。しかし、北朝鮮をめぐるうわさはどのように生まれ、拡散されたのだろうか。そして、今回や過去の出来事から私たちは何を教訓にできるだろうか。

米エンターテインメント情報サイトのTMZなどのメディアは、金氏が死亡したとしていた。中国のソーシャルメディアでは、金氏の専属医たちが恐れおののいて手術を施せず、中国の医療チームが北朝鮮に到着する前に金氏が死んだとささやかれていた。これは、自分自身が持つ恐るべき権力の犠牲になるという訓話とも思えた。

金氏が公の場から姿を消したのは、今回が初めてなわけではない。今年2月にも3週間近くいなくなったが、とっぴな憶測は出なかった。

2014年9月には、音楽会に出席したあと40日間にわたり動静が途絶えた。この時は、政治的クーデターによって追放されたとのうわさが流れた。その後、金氏はつえをついて現れたが、おそらく痛風だったのだろう。

韓国の国家情報院はのちに、足首にできた嚢腫(のうしゅ)をとりのぞく手術が行われた可能性があると発表した。言うまでもないが、北朝鮮側はこれらすべてが事実だとは認めなかった。北朝鮮はただ、世の中にはびこるうわさの影響を受けていないように見える、視察や公のイベントのおどけた写真を公開する機会を得続けていた。ちょうど現在と同じように。

では、最終的に死亡説まで生み出すことになった今回の空白期間とは、一体どういうものだったのだろうか。

憶測がエスカレートするまでに3つの段階があった。1つ目は、重要な記念日である4月15日の太陽節に、金氏の祖父で建国者の故・金日成(キム・イルソン)主席の誕生日を祝う極めて重要な行事に出席しなかったことだ。金氏は祖父の指導者としてのイメージを手本にしていることで知られている。つまり、この行事を欠席したことが、何かおかしなことが起きている兆しだと捉えられるのは当然だった。

続いて、米シンクタンクから出資を受ける、脱北者によるウェブサイト「デイリーNK」の報道がああった。独自のネットワークを駆使して信ぴょう性の高い情報を提供し、高い評価を受けているこのウェブサイトが、1人の情報筋の話として、金氏がある種の心臓手術を受けて回復しつつあると報じたのだ。

3つ目は、世界のメディアがデイリーNKの報道に飛びついたこと。各々が情報機関やその他の場所から匿名の情報源を探し出し、それらを組み合わせて金氏が「危篤状態」あるいはもはや死んでいるといった考えに行き着いた。

韓国が北朝鮮に特異な動向は見られないとし、金氏の死亡説を否定しても、金氏をめぐるうわさは広がり続けた。そして、同じような意見ばかりが響き渡る『エコー・チェンバー(共鳴室)』は大きくなっていった。中国のソーシャルメディアもまた、うわさを広める一因となり始めた。

いずれのうわさにも確かな証拠はなかった。中には、金氏はまだ死亡していないと見る、元山のリゾート周辺での列車移動や活動に基づく非常に本質を突いた分析もあったが。

では、メディアで渦巻く憶測に拍車をかけるこれらの情報源は、実際はどこで発生しているのか。間違いなくどこかに北朝鮮が発生源のものがあるのだろうか。そして私たちは、以前よりもそうしたものに多く触れているのだろうか。

うわさというのは常に起きてきたし、30年前からの歴史的記録も残っている。北朝鮮国内にはいくつか、うわさの出どころとみられる場所もある。

過去には、北朝鮮国内の外国貿易部門として知られる場所が、同国指導部に関する一部のうわさの出どころだと考えられてきた。資金やぜいたく品を調達して指導部へと送る朝鮮労働党39号室には、北朝鮮と海外を行き来する海外工作員が配置されている。指導部とこの部門との間ではある程度のやりとりが交わされることから、大規模な工作員ネットワークの一部から発生したうわさもあると、長らく考えられてきた。こうした工作員ネットワークが存在するのは、私たちがみな知っていることだ。かつてそこで働いていた脱北者が証言している。うわさの一部はやがて、日本や韓国のメディアへと流れていく。

しかし、だからといって情報の性質はさほど変わらない。ゴシップに過ぎないわけだ。

朝鮮労働党中央委員会の施設で働いていれば、井戸端会議もあるだろう。金一族の生活には強い関心が向けられていると、かつて働いていた人たちが証言している。ある話の3分の1がもととなった井戸端会議程度の話は、人々が思うより簡単に、北朝鮮国外へと伝わっていく。

うわさやゴシップは北朝鮮のような全体主義体制の中でかなりはびこっている。1つの例が、2017年に殺害された金氏の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)氏の母方の伯母、成恵琅(ソン・ヘラン)氏の回顧録「藤の家」に記されている。この中で成氏は、金一族に仕えるスタッフの1人から、金正恩氏の一家が有利な立場にあると聞かされた時のことを明かしている。特筆すべき点は、成氏が自分の情報源は「信頼できる」とわざわざ書いていることだ。

繰り返しになるが、情報のブラックホールの中では手に入るものを手に入れる、それが北朝鮮の仕組みだ。戦場の霧(不透明な状況)の中ではそれほど多くの選択肢はない。つまり、北朝鮮に関するゴシップに正当性を与えるのは不相応と言える。

世界中の諜報機関もまた、オープンソースの情報を確認し、自分たちの手法で仮説を検証しようとするだろう。

韓国には北朝鮮を監視する独自の方法がある。時には衛星を使うこともある。そして韓国統一省は先週、北朝鮮の状況を頻繁に監視しているが特異な動向はみられないと明かした。アメリカが複数の偵察機を飛行させたことは、世界のメディアが報じたため公然の秘密となっている。偵察機で北朝鮮の状況を確認していたというわけだ。

では、北朝鮮をめぐる話がうわさによるものなら、なぜ北朝鮮側はこうしたうわさを取り締まらないのだろうか。北朝鮮から韓国側へ連絡を入れるのは非常に簡単なのだから(その逆は違うが)。

2008年ごろは、金氏に関する会話は密室で行われていただろうが、今日では携帯電話技術がその状況を一変させている。北朝鮮の指導者のうわさ話をする市民は、確実に追跡されるだろう。しかし、新たにそういう機会が生じるまでは取り締まりを受けることはないかもしれない。金氏はこうした情報のまん延を制御できそうにはない。ただし、金氏と近しいあるいは結びつきのある人物に関連したうわさをすれば、どうなるかは想像がつく。

ごく一般的な北朝鮮国民は何も知らないということを留意しておくのは重要だ。2016年に脱北した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使は、2017年の米議会公聴会で、ほとんどの北朝鮮国民は自分たちの指導者がスイスで教育を受けていたことすら知らないだろうと証言している。太氏は、北朝鮮の一般市民が情報にアクセスできるよう、衛星の使用とマイクロチップの密輸を提唱していた。

実際には、金氏の健康状態に関する正確な情報にアクセスできる人はほんの一握りしかいないだろう。だからといって、うわさが漏れないわけではないし、うわさが正しくない可能性だってある。

これまでも常にそうだった。1986年に金日成(キム・イルソン)主席が心臓発作を起こしたといううわさが流れた。当時、そう報じられていたにも関わらず、これはでたらめだった。

1990年から1992年には、金日成主席と金正日総書記が鉄道駅のプラットホームで軍によって銃殺されたとのうわさが流れたが、全くそうではなかった。

咸鏡北道で朝鮮人民軍第6軍団によるクーデターが起きたとする証言が3つ存在する。第6軍団はその後解体されたままだ。何かがあったということ以外、詳細はわからない。金正日氏は2003年にすでに死亡していて、影武者が国を指揮していたといったうわさもある。

世界のどこでもそうであるように、今でもゴシップは生まれ、うわさは広まっている。そしてほかのどんな場所とも異なっているのは、北朝鮮が望む通りにうわさを認めたり否定したりするという、その気まぐれさを、私たちはどうすることもできずにいることだ。

(英語記事 Kim Jong-un and the brutal North Korea rumour mill