2020年05月07日 12:54 公開

カティヤ・アドラー欧州編集長

新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)による恐怖、惨事、そして不透明さが続く中、あなたもブリュッセルとパリとベルリンとダブリンとベルファストとロンドンのうわさ話を聞いているだろう。ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)後の英・EU通商協議が難航している。

もちろん基本的な自由貿易では合意しているが、重要な問題での衝突が残っている。アイルランドのサイモン・コヴェニー外相は5日、イギリスとEUはアイルランドからすると「非常に、非常に深刻な」危機に向かっていると話した。

では、私たちは心配するべきなんだろうか?

ここで私はあえて挑発的な書き方をした。新型ウイルスの必読記事があふれている中で、このブレグジットの記事を読み通してほしいと思っている。だが決して、軽薄な理由からではない。

事実として、EUとイギリスの通商協議では常に危機が予測されていた。この協議は何層にもわたっていて複雑だ。通商協定としては初めて、この協議では新しい緊密な関係を築く代わりに、2者をつないでいた連帯(イギリスはもうEU加盟国ではない)を緩めることに注力している。

イギリスとEU、通商協定に求めているものは?

イギリスの政治家がどのような印象を与えようとしていようと、イギリスはEUと基本的な経済関係以上のものを求めている。

たとえば、イギリス政府はEUのデータ共有スキームの恩恵を受け続けたいと思っている。特に、欧州警察機構(ユーロポール)の中央情報データーベースへのアクセスを確保したい考えだ。しかしドイツはこの案に反対で、一度EUを抜けたのなら役得は忘れるべきだと述べている。ケーキを食べてなお、手元にも残すことはできない。

イギリスとEUは共に、研究開発(R&D)や運輸、化学廃棄物、法の執行や司法協力では協同関係を築きたいとしている。しかしここで漁業権の問題が出てくる。イギリス海域のどこまでEUの漁師がアクセスできるのかという問題だ。

ここではイギリスが手のひらを返して、EUがケーキを食べて手元に残そうとしていると批判している。EUはイギリスが加盟していた頃と同様の漁業割り当てを要求している。漁業に関して合意ができない場合は一切の通商協定を結ばないとまで言っているのだ。

状況がお分かりいただけただろうか。

<関連記事>

競争にまつわる激論

EUはまた、不公平な競争についても深い懸念を示している。イギリス企業はEU市場を熟知しているし、40年以上の加盟で得たコネクションは膨大だ。

もしイギリスが将来的に労働や補助金、環境などの規制を取り払った場合、EUはその単一市場でイギリス企業にアドバンテージを与えることになる。EUがイギリスに離脱後も競争上の規制基準をそのままにするよう求めているのはそのためだ。

これに対しイギリスは、主権国家はそういうことはできないし、やるつもりもないと答えている。EUはカナダとの関税ゼロ・割当枠ゼロの通商協定ではそのような要求をしていないというのがイギリスの主張だ。

EUは、農業など一部領域ではカナダにも関税ゼロ・割当枠ゼロを認めてないと反論している。もし同じように除外対象となったら、イギリスの農家は喜ばないだろうとも。

さらにアンゲラ・メルケル独首相と初めとするEU加盟国首脳は、イギリスをカナダよりもかなり大きな近隣の脅威とみている。地理的にも近く、貿易量もはるかに大きいからだ。

なぜEUはイギリスの戦略を危険視しているのか

次の英・EU通商協議は来週行われる。しかし期待してはいけない。

妥協点を見つけるためには、双方で政治的な介入が必要だ。しかし現在、政治的指導者らは新型ウイルスで手一杯以上の状況にある。

また、EUはイギリスが協議の足を引っ張っているのではという疑念を抱いている。

あるEU高官は私に、イギリスが「選択的に交渉している」と話した。言葉を変えれば、漁業や競争にまつわる規制など、譲歩したくない領域に触れるのを拒否しているということだ。

今年後半に交渉期限が迫り、合意なしという状況を危ぐする状況になれば、EU側は当初の意図よりも大きく譲歩したり、諦めたりするだろう……イギリスの思惑としてはこんなところだろうか。

イギリスのデイヴィッド・フロスト主席交渉官は、同国は誠実に交渉していると話している。

しかしいくらイギリスが秋ごろの瀬戸際政策を当てにしていたとしても、それはなお危険な戦略だとEUの外交官は指摘する。たとえばドイツは、今年後半に寒くなる頃には、新型ウイルスの第2波がやって来て感染者や死者が再び増加するとみている。そうなれば、イギリスとの通商協定はEUの最優先事項でなくなることは確実だ。

交渉の時間は十分にあるのか

この質問は、私たちが現時点で心配すべきか、という当初の問題に立ち戻ることになる。

「極度に心配する必要はない。今はまだ」というのが答えになるだろう。

合意を形成する時間はまだある。かつて協議されていた「野心的で、緊密で、深い将来の関係性」からは程遠いそれを双方が受け入れれば、年末までに合意される協定の内容は非常に薄いものになるだろう。そして重要なのは、合意に向けて両者が譲歩に前向きになる必要があるということだ。

EUのミシェル・バルニエ首席交渉官は先にEU加盟国に対し、少なくても譲歩できる余地について考え始めるべきだと伝えた一方、イギリスには譲歩できないいくつかの点から引くよう求めた。

イギリスのマイケル・ゴーヴ内閣府担当閣外相は5日、EUに公正な競争へのこだわりを捨てさせるために必要であれば、完全なゼロ関税・ゼロ割当枠を求められないという考えを受け入れるかもしれないと話した。

しかしこの発言は、イギリス政府はEUという巨大市場からどの産業を除外するのかという疑問につながる。それは、EUにとって意味があるほど重要な産業ではくてはならない。

北アイルランドはどうなった?

EUはまた、イギリスがアイルランド条項を守っているかを監視するため、北アイルランド・ベルファストに常設事務所を置くことを要求している。これについても最近、両者が多大な努力を払って白熱した議論を落ち着かせたところだ。

アイルランド条項とは、ブレグジット後の北アイルランドの立場をめぐる「バックストップ」条項の代わりに置かれたものだ。バックストップをめぐる、あの痛々しい議論を覚えているだろうか?

<関連記事>

もちろん、アイルランド条項は現在の進められている通商協定には含まれてない。アイルランド条項が入っているのは、市民の権利や、イギリスの清算金、北アイルランドとアイルランドの国境問題をめぐる条項などが含まれている「EU離脱協定」だ。しかしEUとイギリスがどのようにこの離脱協定を実行するかが、通商協定の雰囲気作りに大きくかかわってくるのだ。

離脱協定によってイギリスを信用できなくなったと言うEUの外交官は多い。

この協定でボリス・ジョンソン英首相は、アイルランドとの国境に検問などを置かないため、物流面に置いては北アイルランドを(法的ではないにせよ)事実上EU関税同盟と単一市場に残した。

これにより、グレート・ブリテン島から北アイルランドへ運ばれる製品や家畜がアイルランドを経由してEU単一市場に入る可能性がある場合、この境界で少なくとも何らかの検査が必要になった。

それでもジョンソン首相はなお、検査は必要ないと繰り返し強調している。また、ベルファストに税関施設を置くことも始めていない。どちらも、EUからの批判の対象になっている。また2021年1月のアイルランド条項発動に向け、EUは状況のモニタリングのためにベルファストに常設事務所を置きたいと繰り返し要求している。

こうした状況がイギリスには怒りを、EUにはいら立ちをもたらしている。

しかしEUのバルニエ首席交渉官は今、ベルファスト事務所の代替案について協議を始めている。ゴーヴ閣外相が「簡易的な検問」はやむをえないと認めたのと同じだ。

北アイルランドでの検問について訪ねられたゴーヴ氏は5日、「結論は、どのように条項を施行するかというイギリスとEUの協議でしか出てこない」と話した。

EUにとってはそれで十分だ。バルニエ氏は、イギリスからアイルランド条項を尊重するために最善を尽くすという保証を得ていると述べている。それでもEUは、検問ポストや職員、ITシステムなどがいつ準備されるのか、行程表を見たいと思っているだろう。

通商協定に話を戻そう。

ハンドルを切って解決策を見つけるには、切迫した状況と差し迫る時間制限が必要だと言う人もいる。それが昨年11月にブレグジット交渉で起きたことだ。

しかし困難続きのこの局面において、さらなる不透明感と緊張感が本当に必要なのかと聞くEU市民やイギリス人がいても、許されるべきだろう。

(英語記事 Tension and uncertainty stalk Brexit trade talks