清義明(フリーライター)

 新型コロナウイルスの猛威に、アメリカがなす術もなく翻弄(ほんろう)されている。

 そのアメリカでちょっとした話題になっていることがある。人がこぞって奇妙な夢を見るというのだ。フェイスブックやツイッター上で、さまざまな人がこの夢について触れている。「あなたは、最近奇妙な夢を見ることはないですか?」と。

 この夢を多くの人が見る原因として、新型コロナウイルスによるさまざまな不安に由来するのは間違いない。アメリカの新聞社であるニューヨーク・タイムズは、新型コロナウイルスの恐怖を「心的外傷後ストレス障害(PTSD)というまでのものではない」としながら、夢で過剰に不安にならないように注意を促している。

 自分が見る夢をわざわざソーシャルネットワークのような場で書いているのは、その夢の内容そのものよりも、その夢を見る不安感を共有してなんとか安心を得たいということなのだろう。

 確かに非現実的で不安な世界であろう。ついこの間までアジア人、とりわけ日本人の奇妙な風習とされてきたマスクが推奨され、核戦争後のシェルターに閉じこもるように自宅待機が義務付けられているのが、現在のアメリカだ。

 そしてこの事態を招いたのは核戦争でもテロリストでもなく、SFXの巨大生物や宇宙人のUFO、襲い掛かるゾンビの群れたちでもない。

 目に見えない何かがいて、そのために街はパニックに陥っている。ドナルド・トランプ大統領は「これは戦争だ」と呼びかけるが、その敵は肉眼では不可視で、どこにいるかも分からないウイルスなのだ。

 1980年に世界保健機関(WHO)が天然痘の根絶を宣言してからというもの、先進国では伝染病は発展途上国の貧困に由来するものか、または遠いアジアの風土病を意味した。

 76年のアメリカ発の豚インフルエンザ騒動はこの楽観論に拍車をかけた。ニュージャージー州フォートディクスの兵士の間で発病したといわれる新型インフルエンザは、約50年前のスペイン風邪のようなパンデミック(世界的大流行)を引き起こすと恐れられた。だが大規模な医療対応を実施したにもかかわらず、あまり被害が出なかった上に、逆にその対応のデメリットばかり注目されてしまった。

 2千万人以上といわれる死者を出した「スペイン風邪」のパニックの再来を恐れた当時のジェラルド・フォード大統領は、アメリカに根強くあった反ワクチン派の反対を押し切り、国内のアメリカ人を対象に数億ドルにのぼる経費をかけてワクチン接種を行った。これにより、最終的に約4千万人がワクチンの接種を受けたとされる。
フォード大統領と田中角栄首相(左)の1回目の首脳会談=1974年11月
アメリカのフォード大統領と田中角栄首相(左)の
1回目の首脳会談=1974年11月

 しかし、不幸なことに末梢(まっしょう)神経系に入り込んで四肢に麻痺(まひ)が生じる「ギランバレー症候群」という副作用被害が続出してしまい、アメリカ各地で薬害訴訟が立て続けに出された。そして、この新型インフルエンザによる死者は結局のところ、最初に罹患(りかん)した1人の兵士のみという結果となった。

 これにより、疾病予防管理センター(CDC)のトップは解任を言い渡された。その現場はテレビ局にスクープされ、その哀れな姿が全土で放映されることとなった。そして同年の大統領選で、フォード大統領は無名と言われたジョージア州知事のジミー・カーター氏に僅差で敗れ去ることになる。