97年に鳥インフルエンザが発生したときも、世界はなんとかこれを乗り切った。その後に続いた重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)も同様だった。アメリカが伝染病で最も被害を受けたのは80年代に猛威を振るったエイズだったが、不特定多数の性交渉をする者を中心に犠牲が広がったため、まだ他人事(ひとごと)でいられた人が大半だった。そして、そのエイズも、治療薬の開発で現在では命を落とすことはほとんどなくなった。

 だが、疫学者は必ず、アメリカのみならず全世界を危機に陥らせる新しい伝染病の災禍がやってくると警告していた。しかし、トランプ政権に至っては、2018年に国家安全保障会議(NSC)から感染症対策担当を外していた。

 さりとて、この油断は日本でも変わらない。

 日本では、2009年の豚インフルエンザのパンデミックが東アジアの国々と比べ、大きな被害を出さなかったことが油断を招いたといえる。21世紀になってから徐々に姿を垣間見せていた新型インフルエンザの脅威は、当然ながら疫学者や政府の間では認識されていた。

 今年4月15日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の記者会見で、北海道大の西浦博教授は「今後の対策が進まなければ、40万人程度の死者が出る」とのシミュレーション数値を発表し、大きな話題となった。

 だが、これら新型ウイルスによるパンデミックでは、この規模の死者が出ることは既に10年以上前から想定されていたことであった。そして、その来るべき有事には、人工呼吸器も集中治療室(ICU)のベッドも、おそらく防護服や医療用マスクも足りないし、肝心要の医師も不足することは分かっていたのである。

 このような伝染病対策を統括するのは厚生労働省だが、実際の準備は各都道府県に責任がある。09年に厚労相だった、前東京都知事の舛添要一氏が、今しきりに新型インフルエンザ対策と政権批判を繰り返しているが、過去の舛添氏の経歴を知っている者には何をかいわんやの話である。
新型インフルエンザ対策で会見する舛添要一厚労相=2009年8月27日、厚労省
新型インフルエンザ対策で会見する舛添要一厚労相=2009年8月27日、厚労省
 舛添氏は09年の豚インフルエンザのパンデミック時に、これから防疫対策を進めようというところで、専門家の見解と前置きしながらも「新型インフルエンザは季節性と変わらない」と記者会見で説明してしまった。

 幸いなことに、11年前のパンデミックは大きな事態にはならなかったが、そんなことがあったことすら忘れている人も多いだろう。