なお、世界でも先進的とされてきた日本の医療行政は、化けの皮が剝がされたかのように、もっぱら世界から非難されている。韓国や台湾といった東アジアの国々と比べて、後れをとったと見なされている。あたかも地軸がズレ始めているようだ。

 だが、よくよく考えてもみると、韓国や台湾はもともと「分断国家」で、準戦時体制の国である。韓国では徴兵制が敷かれ、18年に志願制に移行した台湾でも4カ月の訓練義務が課されていて、緊急時には私権やプライバシーの自由を厳格に制限することが可能である。

 衛星利用測位システム(GPS)を使った個人の行動管理や、国民身分証による番号管理でマスクの配布ができるのは、非常時に国民統制ができる仕組みが元から整備されているからだ。

 マイナンバー一つで大きな議論となり、プライバシーの侵害に敏感な日本で、この新型コロナウイルスのパンデミック前に同じような仕組みが議論されていたら、まず間違いなく批判されていただろう。

 一方の韓国では、医師までもが徴兵制に基づく動員が行われている。防疫に対する手際のよさは、日本と違ってSARSやMERSを体験し、その失敗の教訓があったことに加え、北朝鮮を想定したバイオテロ対策も背景にあるのではないかと思う。なお、韓国では、平時でも国境沿いの防疫対策を韓国軍が担当している。

 政治学者のカール・シュミットは、法が成立する前提には「例外状態」と言われる「無秩序」が必要になるという。法ができるのは、決して理性や真理などではなく、そのような「無秩序」が集団を存亡の危機に陥らせることが条件になるということだ。

 台湾と韓国はそのような混乱を経て、その戦時動員体制を解かぬままに、80~90年代に民主化していった国家である。ここでは、リベラル層が「そのような戦時体制」を担保するナショナリズムに、むしろ積極的な役割を果たしてきた。
初の直接選挙による台湾総統選で当選を決め、台北の選挙本部前の特設ステージで夫人とともに支持者に手を振る李登輝総統=1996年
初の直接選挙による台湾総統選で当選を決め、台北の選挙本部前の特設ステージで夫人とともに支持者に手を振る李登輝総統=1996年
 「日本が今のような自由と民主主義の国となったのは、敗戦によってアメリカに与えられたもの」という理解は、事あるごとに歴史認識で見解をぶつけ合う左右両派でも異論はないはずである。

 シュミットは、原初的で無秩序な例外状態から独裁的な権力が「決断」をして法が成立すると考えた。戦後日本にとって、この独裁的な権力とはアメリカであった。

 そこでは、過去の戦争体験は破棄すべき思想とされた。一方で韓国や台湾には、現在でも身近に迫る「分断国家」の危機を背景に、国民に広く同意されたナショナリズムがある。