2020年05月13日 12:58 公開

アフガニスタンの首都カブールで12日朝、病院が武装集団に襲撃された事件で、赤ちゃんやその母親、看護師などの死者は、これまでに計24人に上った。また、子どもを含む少なくとも16人の負傷が確認された。

東部ナンガルハルでもこの日、警察官の葬儀で自爆者が現れ、少なくとも32人が殺害され、113人がけがをした。

一連の襲撃を受け、アシュラフ・ガニ大統領は、反政府組織タリバンなどに対する攻撃再開を指示。こうした武装勢力が暴力行為の削減に応じていないと批判した。

ナンガルハルの爆発については、過激派勢力「イスラム国(IS)」が犯行声明を出している。病院襲撃犯は明らかになっていない。タリバンは関連を否定している。

襲撃されたダシュト・エ・バルチ病院の産科は国境なき医師団(MSF)が運営しており、スタッフの中には外国人もいたという。

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病院からは19人の赤ちゃんが救出され、カブール市内の小児病院に運ばれたものの、母親の多くは亡くなったとみられている。

米ニューヨーク・タイムズによると、アフガニスタンではこの日、襲撃事件などにより合わせて約100人が殺害された。

病院で何が起きた?

襲撃は12日午前10時(日本時間午後1時半)ごろに発生。住民によると、最初に爆発音が2回聞こえ、銃声が始まったという。病院から逃れた医師はBBCの取材に対し、襲撃時には院内に140人ほどがいたと話した。

別の医師はAFP通信に、攻撃が始まると「完全なパニック」になったと語っている。

ロイター通信の取材に応じたラマザン・アリさんは、「銃撃犯は病院にいる人を何の理由もなく、無差別に撃っていた(中略)ここは国立病院で、多くの家族が女性や子どもを治療のため連れて来ていた」

AFP通信はMSFの話として、襲撃中に出産した母親がいると伝えている。

一方ロイター通信は、襲撃直前に子供を産んだザイナブさんという女性の話を掲載。ザイナブさんは長い間子どもがほしいと願っており、生まれた男の赤ちゃんに「希望」を意味するオミドという名前をつけた。

襲撃時、ザイナブさんは洗面所にいた。慌ててオミドちゃんを探しに戻ったものの、生後4時間のオミドちゃんはすでに亡くなっていたという。

ザイナブさんの義理の母のザフラ・ムハンマディさんは取材に対し、「無事に出産できるように義理の娘をカブールに連れてきた」と話した。

「でも今日、私たちは死んだ赤ちゃんをバーミヤンに連れて帰ります」

アフガニスタン当局はBBCに対し、特別部隊が外国人3人を含む100人の女性と子どもを救出したと説明した。また、襲撃犯は警官に扮装して病院に入り込んだが、数時間にわたる銃撃戦の後に全員が殺害されたという。

医師の1人は、病院の裏にある外国人スタッフ向けのゲストハウスからも爆発音が聞こえたと話している。

病院襲撃、過去にも

カブールのシーア派地域では、ISが過去にも似たような攻撃を行っている。アフガニスタンの情報機関によると、この日にはカブールで、ISの南アジア・極東地域指導者を含む3人の中心人物が逮捕されている。

2017年には、医療従事者に扮装したIS戦闘員が軍事病院を攻撃。市民に怒りと衝撃が広がるとともに、セキュリティーへの疑問が浮上した。この攻撃では50人が亡くなっている。

一方、タリバンも病院を攻撃したことがある。昨年9月、南部ザブル州の病院の外に停められていたトラックが爆発し、20人が死亡した。トラックには爆発物が積まれていた。

ガニ大統領はテレビ演説で、「公共空間の安全を確保し、タリバンを初めとするテロ組織の攻撃・脅威を防ぐため、治安部隊に武装組織に対する能動的な防御体制に移行し、対敵活動を続行するよう指示している」と語った。

アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は病院攻撃について、「ひどい悪行」で「不当な攻撃」だと非難。アフガニスタン政府とタリバンに対し、「犯人に法の裁き」を受けさせるために協力するよう強調した。

イギリスのドミニク・ラーブ外相もツイッターで、「アフガニスタンで起きた産院などを標的にしたテロ攻撃に衝撃を受けている。母親や新生児、医療スタッフを標的にするのは卑劣な行為だ」と批判した。

人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルは、「今日アフガニスタンで起きた不当な戦争犯罪によって(中略)、この国の市民が今もどれほど恐ろしい事態に直面し続けているか、世界は気づいて欲しい」と声明を発表した。

こうした中、北部バルカ州ではアメリカ軍の空爆により少なくとも10人が死亡、負傷者も出ていると報じられた。地元住民とタリバンは犠牲者はすべて一般市民だとしているが、アフガニスタン国防省は、死者は戦闘員だったと述べている。

和平交渉、現在の状況は?

アメリカとタリバンは今年2月、米軍の撤退やタリバンとアフガニスタン政府の捕虜交換を盛り込んだ合意文書に署名。同国の和平に向けた一歩と目されていたが、4月にはアフガニスタン政府とタリバンの捕虜交換をめぐる話し合いが決裂した。

2001年の米同時多発攻撃の直後から、米軍主導のアフガニスタン攻撃が始まり、タリバンは年末に政権を失ったが、その後18年以上にわたり争いが続いている。

この紛争で多くの一般市民を中心に、数万人が死亡したほか、多くの住民が負傷し、家を失っている。

BBCのリーズ・ドゥセット主任国際特派員は、今回の攻撃で今年こそアフガニスタンが平和になるという淡い希望が揺さぶられていると解説。

タリバンと政府の間を縫って、ISのような組織が影響力を強めるのではないかと懸念する声もあるという。

(英語記事 Babies killed as gunmen storm maternity ward