当時、世界一の陸軍国であるロシアは東洋の島国のことなど歯牙にもかけず、だんだんと交渉の余地はなくなり、とうとう日露戦争が勃発してしまいました。結果、辛くも日本は勝利をおさめましたが、相変わらず朝鮮は大韓帝国と名を変えてもシャキッとしません。

 日本としては、二度の戦争を行い朝鮮半島や満州におけるロシアの影響力を排除したものの、相変わらず大韓帝国が、またふらふらと他国にすり寄ってはかなわないので、保護国としました。しかし、彼らは相変わらず密使を送るなど、ちょろちょろとした動きを止めませんでした。そのような彼らの行動に対して日本国内では「朝鮮併合すべし」という意見が強くなってきました。
伊藤博文
 しかし、一方で財政上の理由などで反対する人も沢山おり、この問題は文字通り賛成派と反対派で国論を二分していましたが、その状態にけりをつけたのが現在韓国で英雄と崇められている安重根その人です。彼が併合に慎重だった伊藤博文を暗殺したため、日本国内の世論は、一挙に併合賛成へと傾いたのです。

「英雄視」の疑問


 この事件についても現在の韓国では、韓国義勇軍による戦闘行為だったと教えていますが、当時の法令や常識に照らしても理解不可能な話です。第三国の領土において軍服を着用せず、非戦闘員に対して、いきなり銃口を向けるという卑怯な手段により殺害した行為を独立戦争と呼ぶのはあまりにも常軌を逸しています。

 さらに彼の主張は、暗殺後に行われた裁判での陳述や彼が唱えた東洋平和論を読めば分かるのですが、特段、反日思想に凝り固まっているわけではなく、欧米列強の侵略に対する日中韓の連携を呼びかけているだけで、暗殺は当時の朝鮮人が持つ伊藤博文個人に対する誤った認識に基づくものであったと考えるのが妥当です。

安重根義士記念館敷地内に建立された
安重根像=韓国・ソウル市内
 いずれにしても、自国が日本に併合されるきっかけを作った人物を、彼の本心を理解せぬまま、ただ単に日本の偉人を殺害したという理由だけで英雄視しているというのは実に皮肉なものです。まあ、客観的に見れば日本と併合して初めて朝鮮が近代化したわけですから、ある意味祖国を救った英雄とも言えますが・・・。

 少し話はそれますが、他にも、韓国では上海天長節爆弾事件で日本人2名を殺害し、中国国民党から大金をもらったとされる尹奉吉も英雄視されています。とにもかくにも、現代韓国においては手段や動機にかかわらず日本の要人を殺害した人間が英雄視されているのが現実なのです。

 普通に考えれば他国の要人を暗殺した人物を国家が英雄として崇め奉るというのは、その国のことを見下していなければできない行為で、韓国人が日本人には何をやっても構わないと思っている証拠です。

 話しを日韓併合に戻しますが、現代韓国では日本が武力で大韓帝国を植民地にしたと信じている人が少なくはありません。しかし、日本は国対国として朝鮮に武力を行使したことはなく(正当防衛等の突発事案は除く)、日韓双方が平和裏に話し合った合意に基いて、国際法に則った手続きにより大日本帝国が大韓帝国を併合したのです。

 また、植民地と併合では全く意味が違います。イギリスを例に挙げれば、イギリスはアメリカやインドを「植民地」として支配しましたが、北アイルランドやスコットランドは「併合」して同じ国になり、現在もそのままです。

 また、日韓併合を会社に例えるならば、業績が悪化した会社(朝鮮)をベンチャー企業(日本)が、子会社にするのではなく吸収合併したようなものです。その結果、日本が朝鮮の借金を棒引きし、インフラ整備などに莫大な資金を費やしたのは、同じ国になったのですから当然のことです。

 そして、その過程で新会社の方式を取り入れて従来の方式を廃止することもあれば、人事の面でいろいろと差が出たりするのは会社合併でよく見られる光景と同じです。そんな中でも日本は朝鮮の王家に敬意を払い、王族や一部の貴族を併合後も、その地位にとどめました。

 にもかかわらず、何が何でも日本が無理矢理朝鮮を植民地にしたというのは、当時、韓国最大の政治団体「一進会」が併合に対して積極的賛成であったという事実をも無視し、当時の人たちが無能で無為無策だったために併合されたと言っているのと同じことで、実に彼らを馬鹿にした話です。

 ちなみに、当時の弱小国日本は、三国干渉の苦い経験から事前に日韓併合について主要国に打診しており、その結果、米英は賛成し、清国を含む、その他の主要国から反対の声は全くありませんでした。(それどころか米英から「韓国の面倒を見るように」と、押し付けられたという説もあります)

 こうして、新生日本が朝鮮に親書を送ってから42年の歳月をかけて、ようやく日本は朝鮮半島の住人とともに西欧列強と戦うスタートラインについたのでした。