高橋知典(弁護士)

 新型コロナウイルスが猛威を振るう昨今、「秋季入学」にすることが好ましいのではないかという声が一部から聞こえてきた。秋季入学の議論を行うことは決して無駄ではないし、数十年前から繰り返し検討されてきた実のある議論だと思う。

 しかし、この議論はコロナ禍で学習環境を改善する特効薬にはならない。

 まず大前提として、「新型コロナウイルス感染症が存在する環境で、教育機会を確保する」という議論をすべきだ。

 そもそも、なぜ秋季入学の議論になったかといえば、新型コロナウイルスの感染は「人との接触」によって生じるところがあり、これを避けるために「外出自粛生活」があり、これを子供たちに当てはめると「休校措置」ということだった。

 大人たちの仕事に関しては、休業やテレワークなどによる「出社自粛」が求められている。実際に、これによって多くの企業が、うまくいっているかどうかは別にして、できる限り休業やテレワークに変更している。そして出社人数を少なくし、可能な限り人との接触数を減少させる業務形態に変容させているのが、現在の状況だ。

 新型コロナウイルス感染症については、今後さらに第2波、第3波の流行が予想される。ゆえにその都度、自粛要請といった社会活動の制限によって防疫を行うとすれば、今後も自粛の子供版である休校措置も繰り返される可能性がある。

 だからこそ、秋季入学への変更がどれほど説得的なことかといえば、残念ながら本質からずれていることになる。秋季入学の措置をとったとしても、休校措置が繰り返しとられるのであれば、結果的に学習の機会は損なわれていくからだ。

 あくまで学習の機会を確保するということであれば、むしろ行うべきは、少しでもリモートでの教育環境を確保し、新たな生活様式を教育制度に取り込むことだ。

 仮にそれでも秋季入学を実施しようとしても、学校を再開する上で、現場は問題を抱えている。
 
 学校は子供たちを引き受ける以上、法律上でも安全配慮義務を負う。安全確保は最優先事項であり、法的義務でもある。コロナ禍での安全な生活には、感染拡大を防止する生活を視野に入れる必要があり、生活様式の変更が求められている。しかし、学校はとかくこういったものを取り入れるのが苦手だ。
再開した長崎市立桜町小学校に登校する児童ら=2020年5月11日
再開した長崎市立桜町小学校に登校する児童ら=2020年5月11日
 今後われわれの生活において、しばらく感染防止のために大人も子供もマスクを着用することになるが、そのマスクについてもかなり混乱するだろう。

 既に学校現場で起きたのが、マスクを白色のみに指定した学校が出てきたことだ。概要としては、マスクが手に入りづらいだけではなく、マスクの材料である白色ガーゼなども手に入りづらい中で、一部の学校において校内の風紀の将来的な乱れを気にして持ち込むマスクの色を白のみとしたいうものだった。