私は昨年に香港デモの取材を行い、どうにもこの「民主化運動」がおかしなことになっていると、デモが始まった初期の段階からメディアで指摘してきた。デモ隊が非暴力というのはウソであるし、彼らの政治志向の中には、大陸人に対する危険な差別主義が宿っている。

 このことは私などよりも広東語に通じ、デモの情勢に触れている香港の日本人やジャーナリストなら知っているはずだ。しかしごく少数の人を除いて、誰も触れようとはしなかった。

 すると、指摘が日本人シンパを通じて香港の民主派の若者に伝えられたらしい。今回の洋菓子メーカーの支社長と同じく、香港の匿名掲示板で私の顔写真が貼られて「親中派の工作員である」と非難された。

 「こいつを見つけたら捕まえろ」と、掲示板には絵文字で私の殺害をほのめかすような書き込みまであった。私はそれ以降、香港でのデモ取材はリスクが極めて高いものとならざるをえなかった。

 日本の香港デモシンパたちによる一種の密告のような行為は、私のみならず、他のジャーナリストや著述家にも向けられている。

 しかしデモ隊に批判的な者は、そもそも見た事実をそのまま書いているだけである。それが脅迫されるならば、彼らが求めているという「自由」や「民主主義」とは一体何なのだろう。

 決して親中派ともいえないし、むしろ香港の人たちの民主化運動を理解しつつも、暴力と破壊行為、そして香港では少数派である中国人への差別的な抗議運動には批判的な人も少なくない。

 だが取材活動を通じて、そのような過激なデモに「批判的なはずの人たち」から取材を断られた。いわく「今は取材に答えるリスクが高すぎる」とのことだ。

 「抗議活動に都合の悪いことをネットに書いただけで、あそこまで攻撃されるというのは大変ショックでした」という声は少なくない。デモ隊の民主化運動を支持していても、そのやりすぎを批判することは今の香港では危険な行為なのだ。これが現在の彼らの「自由」と「民主」なのである。

 もちろん、私は香港の民主化運動を支持する立場である。しかしこのようなことが続いていく香港に、私は暗い予感を募らせている。どこかで「これはおかしい」ということに気づいてほしいのだが、その声は届かない。

 そして中国政府は、この民主化運動を一国二制度の枠を乗り越えたものとして大きなものにならないよう画策する。

 彼らは言う。見てみなさい、ご覧の通りでしょう。民主主義の運動などこのように秩序がないものであって、彼らは暴徒にすぎない。米国からお金をもらっている人に操られるか、洗脳されているだけなのだ、と。

 ネットが発達した現在、このような考え方は中国政府のプロパガンダ(政治宣伝)ではなく、素朴な正義感に浸った中国の人たちに広く共有されてしまっている。

 中国側のネットでは、香港の民主化運動の活動家やシンパの情報が顔写真とともに晒され、「やつらを許すな」というようなコメントが多数ぶら下がる。香港のSNSとは全く真逆で、こちらでは暴力行為や破壊行為の映像だけがアップされている。まさにパラレルワールドのような話である。
2019年10月27日午後、香港中心部の尖沙咀で、デモ隊に警告する警官隊(三塚聖平撮影)
2019年10月27日午後、香港中心部の尖沙咀で、デモ隊に警告する警官隊(三塚聖平撮影)
 モンスターがもう一つのモンスターを生み出し、そこには決して共有されない二つの「真実」が並列されている。この二つの「真実」は、どこかで折り合いをつけるのか、それとも破滅が待っているだけなのか、私には分からない。

 ただただ、香港の未来に不安だけがある。