DP号への要員派遣や自衛隊中央病院への患者受け入れにあたっても、先ほどのキーワードを用いた思考プロセスはいずれかで活用されたと推測される。ただ、ここで難しかったと予想されるのは次の点だ。

・地域見積において、大型クルーズ船がどんなものなのか見当もつかないこと

・情報見積において、敵の特性、すなわち新型コロナウイルスの性質が今一歩不明であったこと

・作戦見積において行動方針を列挙するにしても、何をどこまでやるのか不明確であったこと

 それでも、現場は状況判断して決心するしかない。彼らが設定した「そのときに重視すべき要因」、あるいは「必ず達成すべき目標」の一つは「部隊の健在」であったかもしれない。なぜなら、状況不明の中で自ら感染者を出してしまえば、今後の国家への寄与を困難にする可能性が大きいからである。

 オペレーションに対する、こうした戦術の思考過程の活用も自衛隊員の感染者ゼロの要因かもしれない。なお、福島原発事故の後の放水冷却作戦において、前線拠点となったサッカー施設「Jヴィレッジ」(楢葉町、広野町)に集まった消防、警察、航空自衛隊、海上自衛隊などの全体の指揮を執ったのは、陸自中央即応集団副司令官の陸将補である。

 中長期的な計画を策定し、さまざまな組織をまとめるにあたり、きちんとした思考プロセスを踏んで至当に状況判断するには、戦術に造詣の深い陸自の上級幹部が最適であったためであろう。

 今回のDP号での対応は主に厚生労働省が指揮を執ったが、もちろん自衛隊にはバイオに関する防護専門部隊がないわけではない。陸自の対特殊武器衛生隊がそれに該当するが、新型コロナ対応で、自信を持って活動する基盤と言えるかもしれない。創隊時からPCR検査の設備も備えており、今回のDP号への対応でも、この部隊が動いていた。

 自衛隊中央病院の近くにある三宿駐屯地に所在し、現在は陸上総隊の隷下である。この部隊が2008年に創設されたのは、01年に米国で炭疽菌が郵送され感染者が死傷したテロ事件以降、それまでよりも一段と生物兵器やバイオテロの脅威が高まったとみなされたためであろう。

 対特殊武器衛生隊は、中央特殊武器防護隊や他の衛生科部隊と連携し、核・生物・化学(NBC)攻撃による傷病者の診断・治療を行う。

 これは2個対特殊武器治療隊編成であり、特に生物兵器対応が主眼だ。また、生物兵器同定のための機材の他、治療用の機動展開ができる衛生検査ユニットや陰圧室ユニットを装備している。医官や看護官、臨床検査技師資格を持つ自衛官らで編成されており、バイオのエキスパート集団として知られている。
PCR検査の結果待ちの帰国者らが一時滞在する「ホテルグランドヒル市ケ谷」で、生活支援にあたるホテルスタッフにウイルス防護策を指導、助言する自衛隊員(右)=2020年4月、東京都新宿区(防衛省提供)
PCR検査の結果待ちの帰国者らが一時滞在する「ホテルグランドヒル市ケ谷」で、生活支援にあたるホテルスタッフにウイルス防護策を指導、助言する自衛隊員(右)=2020年4月、東京都新宿区(防衛省提供)
 このように、今回の新型コロナウイルス対応では、改めて自衛隊の存在が際立った。だが、その一方で新型コロナウイルスの発生源とされる中国が尖閣諸島を含め、軍事的圧力を高めている。自衛隊がますます注目され、任務が増大する中で、装備や人員、予算という壁、そして自衛隊そのものの「在り方」という課題も浮き彫りになりつつある。

 次回はその「在り方」について、筆を執りたいと思う。