ただ、現在の検査技術は2カ月が経過していればHIV抗体の検出を可能としており、このたび米国は禁止期間を12カ月から3カ月に緩和した。未曽有の危機に自らも国を救うために貢献したいと考えるゲイやバイセクシュアル男性は大勢いる。性的マイノリティ議員には、ぜひこうした立法にこそ力を入れてほしい。

 先日、筆者が1万8千もの「いいね」をもらったツイッターの投稿がある。

 ゲイの私から皆さんに言えることがあるとすれば、一言。「弱者の言葉が常に正しいわけじゃない。LGBTの嘘に騙されるな」ということ。「ちゃんと自分の頭で考えよう」ということ

 差別がないとは言わない。けれどLGBT運動が殊更に弱者としての姿を強調し、あらゆる手段を使ってきたことは事実。時には大風呂敷を広げ、またあるときには都合の悪い情報を伏せて大衆を丸め込んできた。彼らの焦る気持ちは分からなくもないが、そうしたご都合主義はいずれ信頼を失う。

 同性婚の議論もそうだ。「同性婚を導入すれば一夫多妻婚や動物婚も認めなければならなくなる」と心配する保守派に対し、LGBT活動家は「あり得ない」と全面否定した。だが、現実は違った。文化人類学の立場からドイツの動物性愛者団体を研究している濱野ちひろ氏は、去年『聖なるズー』で開高健ノンフィクション賞に輝いた。

 その濱野氏はインタビューで「動物性愛は、医学的には精神疾患として分類されていますが、最近ではLGBTのような『性的指向』の一つだとする性科学者の意見もあります」と話している。

 また、津田塾大の萱野稔人教授は著書『リベラリズムの終わり その限界と未来』で、米国では同性婚合憲化以降、重婚も認めてほしいとの要求が出てきたことを報告している。モルモン原理主義者を中心に一夫多妻生活を実践している人たちが約3万~4万人おり、その中から真剣に結婚の自由を訴える世代が登場し始めているのだ。

 萱野氏は「他人に危害が及ばない限り社会は各人の自由に干渉してはならない」というリベラリズムの原理を突き詰めれば、同性婚だけ認めて本人の自由意志のもとでなされる一夫多妻婚や一妻多夫婚、近親婚を容認しないことはできないと断言する。

 リベラル派の人たちがこれらから目を背けるのは、思考の不徹底以外の何ものでもない、と(近親婚に反対する理由として先天異常の子供が生まれるリスクを挙げる人がいるが、それを言うなら高齢出産も禁止しなければならない)。

 そのうえで萱野氏は「リベラリズムの限界に自覚的たれ」という。われわれはどうして、一夫多妻婚や近親婚に嫌悪感を抱くのか。なぜそれらにリベラリズムの原理を適用しようとしないのか。それはリベラリズムの原理より先に、リベラリズムの有効範囲を画するような、より根源的な規範意識があるからだと解説する。
※画像はイメージ(ゲッティイメージズ)
※画像はイメージ(ゲッティイメージズ)
 そして「より根源的な秩序原理とリベラリズムとのすり合わせこそが重要」だと述べる。これは筆者があえて憲法改正での同性婚を主張する理由でもある。社会を壊すことなく同性婚を実現させるためにはナショナリズムの論理しかない。どこまでが「われわれ」の範囲なのかを再帰的に確認し、時代に合わせて拡張していく方法だ。ナショナリズムと同性婚を結びつける議論に読者のみなさんは驚かれたかもしれない。

 だが、みなさんにこそ、この問題に関わってもらいたいのだ。筆者は現職の国会議員だったとき、誰よりもLGBT政策に取り組んできた。それだけに、左派が暴走している今の状況を憂いている。LGBT運動を軌道修正し、時代を一歩前に進めるために力を貸してもらいたい。