池田章子(明治大特定課題研究ユニット客員研究員、ライター)

 新型コロナウイルスの流行が、日本の経済や社会に大きな影響をもたらしてから数カ月がたちました。ようやく外出自粛の効果が表れ、感染者数も減少傾向となり、段階的な制限緩和が開始されました。しかし、このウイルスの全容はまだまだ見えず、闘いは長期戦となることが確実視されています。

 感染拡大防止のために日常生活は大きく変わってしまい、今後も年齢や立場を問わず、各々が自ら考えて行動することが求められます。なぜなら、未曾有(みぞう)のウイルスのまん延であるため不確実なことが多く、これまでもこれからも、「誰もが納得できる方法」を明確にルール化することができないからです。

 しかしここで改めて、今なお日本の教育の中心にある「正しい答え」を求めようとする価値観が、こうした問題への対応を難しくしていると私は強く感じています。

 例えば、最近よく耳にするようになった「自粛警察」がそれにあたります。自粛を過度に主張するあまり、事情を問わず従わない人々を激しく非難し、自らが考える正義を絶対的なものとする人々が現れたことも、「正しい答え」を求めようとする価値観の弊害の一つといえるかもしれません。

 新型コロナ問題が浮上する以前から、教育改革の必要性は常に問われてきました。コロナ禍の現状を前向きにとらえるならば、これまでにはない状況だからこそ、出てくる知恵があるはずです。教育に関わる全ての人々が、それぞれの立場から何を考えどう動くか。その姿勢が、今後の教育の在り方を大きく変えていくかもしれません。

 私自身の身近なところでは、この4月に子供が小学校に入学し、緊急事態宣言を受けてすぐに休校となりました。まさに今、自宅学習のために配布された課題を子供に取り組ませることに試行錯誤しています。私は教育の専門家ではありませんが、このタイミングで子供が就学児童となったことは、改めて教育について深く考える契機をもたらすこととなりました。

 外出自粛によって、教育の場の中心が一時的に学校から家庭へと移ったことは、普段つい学校任せにしてしまう親が子供の学習に向き合うよい機会なのかもしれません。自宅で執筆活動をしている私にとって、この状況は現実的には大きな負担ですが、ここはまず探究心を持って子供の学習に関わってみようと気持ちを切り替えることにしました。

 まず改めて気づくのは、教育カリキュラム自体はその内容が時代と共に変化していることです。文部科学省の学習指導要領では、平成元年の改訂で「生活科」が新設されました。そして平成10年改訂では、自分で学び考える「『生きる力』の育成」という文言が記載されたことはよく知られています。
アクティブラーニングを取り入れた検定に合格した教科書=2020年3月、東京・霞が関(佐藤徳昭撮影)
アクティブラーニングを取り入れた検定に合格した教科書=2020年3月、東京・霞が関(佐藤徳昭撮影)
 直近の平成29年改訂で提示された「主体的・対話的で深い学び」という視点は「いかに学ぶか」を追求するもので、まさに本年度から適用となった内容です。

 現行の小学校1年生の教科書にも「考えてみよう」という問いが散見され、単なる答え探しではなく子供が主体的に学ぶことを促していることが分かります。しかし、自宅学習で痛感したことは、「限られた学習時間内で、こうした問いに取り組むのがいかに難しいか」ということです。