2020年05月31日 14:23 公開

リンダ・プレスリー、ルーシー・プロクター、BBCワールドサービス(ドイツ)


研究によると、トランスジェンダー(出生時の身体的性別と性自認が異なる人)で性転換した人の大半が、その選択を考え直すことはないという。しかし、ある2人のトランス男性が互いに恋に落ちたとき、性自認をめぐる2人の旅は思いも寄らない道をたどることになった。

「私たちのこれまでは特別なものだと思っている。特別な体と、この体で経験したことをベースにした特別なつながりがある」

エリーさんはベルギー出身の21歳。パートナーのネレさんはドイツ人で24歳だ。どちらも男性的になるためにテストステロンを服用し、2度の乳房切除手術で胸を取り去った。そして今、2人は性転換のプロセスを中止し、生まれたときの性別で、女性として生きようとしている。

ネレさんは「子宮摘出手術を受けなくてよかったと思っている」と話した。「ホルモン剤を飲むのを止められるし、私の体も女性的に戻っていくから」。

エリーさんとネレさんは昨年テストステロンの服用を止め、再び女性の代名詞「彼女」を使い始めた。生来の自然なエストロゲンによって、2人の体は徐々に女性に戻りつつある。

「変化を見るのはとてもワクワクする」とエリーさんは語る。

2人の顔だちは柔らかくなり、体も丸みを帯びてきた。一方で何年にもわたるテストステロンの服用は、ある大きな、不可逆の効果をもたらした。

「声は元に戻らない」とネレさんは話した。

「歌うのが大好きだったけど、もう歌えない。私の声はとてもモノトーンになって、全然違って聞こえる。誰かに電話すると、男性だと思われる」


※この記事ではエリーさんとネレさんから、トランス男性として生きていた時期も含め、2人に対して女性の代名詞を使うことに了承を得ています。

トランスジェンダー/トランス: 出生時の身体的性別と性自認が異なる人

シスジェンダー/シス: 出生時の身体的性別と性自認が同じ人

ノンバイナリー: 性自認が男性だけでも、女性だけでもない人

パンセクシャル: 魅力を感じる相手の性別や性自認を問わない人

2人の物語は複雑だ。

性転換した人の典型とは異なる。一方で、性転換で男性や女性になった人や、ノンバイナリーの人たちの選択について、何らかの価値判断につながるような存在でもない。

エリーさんは幼いころ、女の子として過ごすことに不快感を覚えた記憶はない。しかし、思春期を迎えてからは違った。

「自分が男の子がやるようなことばかりしていることに気づいた。人によっては、特に他の子どもたちは、それをよしとしなかった。『両性具有』とか呼ばれたのを覚えている」


エリーさんは背が高く、運動が得意だ。そして、バスケットボールが大好きなのは、「男の子のすること」だと言われた。14歳になると、エリーさんは他の女の子に魅力を感じるようになり、両親にカミングアウトした。

「女の子とデートして、それに満足していた」とエリーさんは振り返る。

その後、エリーさんは姉妹に自分がレズビアンだと話した。

「あなたは大人の女性になりつつある、そういうあなたを誇りに思うと言われて、なぜかそれが気になった。『じゃあ私は今、女性なのか? それはしっくりこない』と思った。男の子になりたいんじゃなくて、女性になりたくなかった。ニュートラルになって、何でもやりたいことをやりたかった」

15歳になったエリーさんは、女性になると自分の生きる選択肢が狭まってしまうと考えていた。

ネレさんにとっても、女性として成長することは楽しいことではなかった。

「私は9歳のころに第二次性徴始まって、それがどういうことか理解する前に胸が大きくなり始めた。母からは上半身裸で外に出るのを禁止された。私は『どうして兄弟は上半身裸でもいいの?』と言ってよくけんかをしていた。もちろん母は私を守ろうとしていたんだけど、当時の私には分からなかった」

成長するにつれ、ネレさんはいやらしい男性たちとも争わなくてはならなくなった。


「キャットコール(路上で女性に性的な言葉を投げかける嫌がらせ)をたくさん受けた。家の前の道路を歩いていると男性が必ずぶつかってきた。今になって少しずつ、自分がこうした経験を内面化していたのだと分かってきた。自分は社会では男性が求める性的なものとして見られていて、個性は求められていないのだと」

体の成長が早かったため、ネレさんは自分が太りすぎだと思うようになった。その後、ネレさんは摂食障害を起こしてしまう。

「太りすぎ、大きすぎ、体重を減らなきゃと、かなり早い段階で思うようになった」

ネレさんは女性に魅力を感じるようになるが、レズビアンとしてカミングアウトするのは、考えただけで恐ろしかったという。

「自分が気持ちの悪い女性になってしまう、私に口説かれるのが嫌で女友達が二度と会ってくれなくなる、そういうイメージを持っていた」

ネレさんは19歳の時、男性にも女性にも魅力を感じるバイセクシャルだとカミングアウトした。その方が安全だと思ったからだ。しかし、望まない形で男性に言い寄られることへの不快感や、自分の女性の体への違和感は消えなかった。ネレさんは、自分の胸を取り除きたいという思いに取り付かれた。トランス男性が乳房除去手術を受けていると知ったのはその頃だった。

「その時は『これだ、でも私はトランスじゃない』と思った。それから『トランスだってうそをついて、ごまかせるかな?』と思って色々と調べているうちに、トランス男性の言うことの多くが自分の経験ととても似ていることに気づいた。たとえば『自分の体に違和感を覚える。子どもの頃は男の子になりたかった』とか」

トランスジェンダーの人が出生時の身体的性別と性自認が違うために抱える苦痛は、性別違和と呼ばれている。ネレさんは、この時期に自分の性別違和が始まったと考えている。

「むしろ、『トランスの振りをしなくてもいい、自分はトランスジェンダーなんだから』と思うようになった」

ネレさんの選択肢は2つ、自殺するか、性転換するかだった。トランスジェンダーの支援団体に助けを求めると、セラピストに会うように言われた。

「セラピストにあった時、『トランスかもしれないんだけど』と話すと、その人はすぐに私に男性の代名詞を使った。それから、私がトランスジェンダーなのは実に明らかで、こんなに確信できたのは初めてだと言われた」

3カ月後には、ネレさんはテストステロンを処方された。

エリーさんも男性ホルモンの摂取を考えたが、当時エリーさんはたった16歳だった。

「YouTubeで、テストステロンを摂取しているトランス男性の動画を見た。その人たちはシャイなレズビアンからかっこいい男性に変わり、とても有名になっていた。自分にもその可能性があるだろうかと考え出して、男性の体になるべきだと思うようになった」

エリーさんは未成年だったため、医療行為には親の承諾が必要だった。最初に両親と共に訪ねた医師は、エリーさんに待つよう言った。エリーさんはこれを、この医師がトランスジェンダーを嫌悪しているからだと考え、自分の希望を前向きに受け止めてくれる医師を探した。

「この医師は両親に、処置はどれも元に戻せると言ったが、これは真っ赤なうそだった。私は自分で調べていたし、この医師は信頼できないと分かっていた。でもそれで両親がOKと言ってくれたので、ただただ嬉しかった」

エリーさんの父親エリックさんは、テストステロンがわが子の健康に与える影響を心配していたが、医師が保証してくれた。

「私たちはその時まだ、娘に男の子になりたいと言われてショックを受けていた」と、エリックさんは当時を振り返った。

「でも医師は、ホルモンは彼女のためになると言っていた」


エリックさんとエリーさんの母親は、ジェンダーを変えるという新世界の海に乗り出そうとしてるように感じたという。

「私と話してくれて、エリーに(ホルモン摂取を)待って長く考えてくれるよう促す主張を探してくれる人と出会いたかった。でも、そういう人はいなかった」とエリックさんは語った。

テストステロンの影響でエリーさんはしばらく無気力になったが、しばらくして元気になった。17歳の時に乳房切除術を受けた。その後、エリーさんは高校を卒業し、ドイツの大学に進学するためにベルギーを離れた。

男性に転換しても、ネレさんの絶望感は消えなかった。自殺したいと思う気持ちは残っていたし、摂食障害によって過剰なカロリー計算とダイエットに執着するようになった。

ネレさんは、自分が頼りにできるのはテストステロンだけだと思い込むようになり、乳房切除術も希望し続けていた。

その一方で、かかりつけのジェンダーセラピストには完全に正直になれなかった。

「自分の摂食障害がとても恥ずかしかった。最初にその話はしたけど、あまりに恥ずかしくて、その後は話せなかった。摂食障害の人にとって、それは普通のことだと思う」

ネレさんは、自分のメンタルヘルス(心の健康)に問題があればトランス治療が中止されるかもしれないと心配していた。

「ドイツでの状況は厄介だ。ホルモン治療や外科手術が必要だという診断書を書いてくれるのは、セラピストなので」

摂食障害と性別違和の関係についての研究はいくつかある。イギリスの性自認研究サービスによる2012年調査では、思春期の相談者の16%が何らかの形で「食事がしにくい」状態にあると話した。ただし、相談者の大半は、出生時に女性だった。これは念頭に置く必要がある。そして、男性として生まれた人より、女性として生まれた人の方が摂食障害に陥りやすい。

イギリスを拠点にする心理療法士、アナスタシス・スプリアディス氏は、摂食障害と性自認の問題を抱える患者をみている。スプリアディス氏によると、性別違和に対する反応として摂食障害が起きることもあるという見方もある。

この説の通りなら、性別に関わる問題を治療すれば、摂食障害はなくなるはずだ。そういう場合もあるものの、スプリアディス氏の臨床経験は違う。スピリアディス氏が担当する多くはネレさんのように、女性として生まれ、今は性転換をやめた20代の人たちだ。

「この人たちは、性転換をすれば、自分の摂食障害や違和感がよくなると思ったものの、実際には事態はもっと複雑だ。テストステロンの摂取や手術を受けたことを後悔している。摂食障害が続く人もいる。それが本当に心配だ」

スプリアディス氏は、拒食症や過食症を患う人は、自分の体への不可逆な処置について決定できる状態にないと考えている。

「摂食障害は、生物心理社会的なレベルで本人に影響をおよぼす。医学的にも身体的も、さらに認知の上でも問題がある人は、自分自身や自分の体について認識がゆがんでいる可能性がある」

スプリアディス氏は、この分野の取り組みで大事なのは、性自認について問題のある若い人に、摂食障害がないか確認することだと考えている。摂食障害は命に関わるため、性別違和による問題を薬物や外科手術で治療しようとする前に、まず摂食障害を治療するべきだという。

新入生として、そしてトランス男性としてドイツにやって来たエリーさんは、自分の性別違和は過去のものだと感じていた。そして、生活に馴染んでいった。

「私は男性として通用した。とてもよく通用した。私がトランス男性だと気づかなかったので、あなたの性転換は大成功だというコメントをたくさんもらった」

しかしそこで、男性としてのアイデンティティーについて、矛盾する複雑な思いが生まれてきた。

「自分の人生について、それはもう色々なことを隠さなくてはと、そう思い始めた。女の子としての子ども時代のことを口にしてはならないと。シス男性だと思われるのは、しっくりこなかった。自分はどこにも居場所がないと思うようになった」

デートも問題だった。

「ストレート(異性愛者)の男性だとは思われたくなかったので、女性とデートするのはためらった。それから、自分の体の部位への不安もあって(中略)、つまり、徐々に女性の体をきれいだと思わなくなっていた。ある意味、価値が低いものだと思うようになった」

エリーさんは男性に魅力を感じるようになり、自分はパンセクシャルだと自認した。

「これは内面化した女性蔑視のせいだと思う。でもシス男性にはつながりを一切感じなかった。それで、トランス男性と付き合えば、誰かを身近に感じつつ、魅力も感じられるのではと思った」

うまくいった?

「完璧だった!」

こうしてエリーさんは出会い系アプリを使い、ネレさんと出会った。当時ネレさんは、トランス男性との恋愛を特に望んでいたわけではなかったという。

「それでも、エリーとショートメールのやり取りを始めたことはプラスになった。私たちは同じような経験をたくさんしていて、彼女といるととても落ち着く」

デュッセルドルフで最初のデートをしてからは、2人の関係は急速に進んだ。ネレさんは長い間望んでいた乳房切除手術にゴーサインが降り、エリーさんの存在は大きな助けとなった。それから2人は同居を始めた。

ジェンダー研究の学生になったエリーさんが、ソーシャルメディア上で頻発する、トランスジェンダー活動家と過激なフェミニスト(女性権利運動家)の争いに興味を持ったのはこの頃だった。

これをきっかけに、エリーさんは自分が本当にトランスジェンダーなのか疑問を持ち始める。「それか、人生を生き抜くための一手段にすぎなかった?」

エリーさんとネレさんは、お互いの性自認について激しく議論した。

きっかけはもう一つあった。2人は同じ時期に萎縮性膣炎と診断されたのだ。これは女性ホルモンの減少によって起こる炎症で、閉経後のほか、男性ホルモンの投与でも起こる。治療薬は、女性ホルモンのエストロゲンの入った薬だった。

「薬はあまり効かなかった」とネレさんは言う。「それに、どうして自分の体で作れるホルモンを、薬という形で体に大量に入れているんだろうと思った」

エリーさんも同じ考えだった。

「少しの間、自然な状態になって、どうなるか様子を見てみてもいいんじゃないか?」

こうして2人はテストステロンの服用をやめた。しかし、「ディトランジション(性転換をやめる)」という決断は恐ろしいものだった。

「ホルモンをやめて自分の体に戻るのが怖かった。性転換をとても早く始めたから、自分の自然の体がどういうものかも知らなかった」とエリーさんは話す。

ネレさんは、「私は自分の問題から逃げるために性転換したから、戻るのは怖かった。性転換をやめるのは、克服できなかった問題に直面することだから」と話した。

ディトランジションについての学術研究はほとんどない。いくつかの研究では、性転換をやめる人の数は非常に少ないことが示されている。ある研究によると、トランスジェンダーの中で、生まれたときのジェンダーに戻る人は0.5%未満だという。しかし現時点では、多数の性転換をした人を対象に、何年も追跡するような大規模調査は行われていない。

英バース大学の臨床心理学者キャサリン・バトラー博士は、「長期にわたる調査はまだ行われていない」と語る。

「しかしソーシャルメディア、たとえばレディットでは、ディトランジションのグループに9000人以上が登録している。私のような研究者もその中に入っているが、それでも大きな数だ」

また、学術研究が不足していることで、ジェンダーの旅路を考え直す人に影響が出ているという。

「研究がないということは、ディトランジションした人への法的サービスがどうなっているかのガイドラインや指針がないということ。彼らは自分たちで準備し、自分たちのネットワークを形成しなくてはならない」

ネレさんとエリーさんがやったのが正にそれだ。プロのイラストレーターとしてのネレさんのスキルを使い、2人は「post-trans.com」というプラットフォームを立ち上げた。2人のような境遇の人たちが連絡を取り、体験を共有する場だ。

ネレさんもエリーさんも、トランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)の団体やコメンテーターがディトランジションの話題を利用して、トランスやノンバイナリーの人の体験をないことにしたり、苦労の末に勝ち取った医療へのアクセスを攻撃したりしていることは、承知している。

2人とも、トランスの人たちの権利は否定しない。一方で、性転換が常に正しい選択肢かどうかについては、疑問を持っている。

ディトランジションに入って数カ月、ネレさんとエリーさんは女性として、レズビアンとしての生活に慣れ始めた。2人の友人や家族も同様だ。

エリーさんの父親のエリックさんは、「私たちに電話して(ディトランジションを)伝えるのは辛かっただろう」と話す。エリックさんもやっと、再び娘になったわが子に女性の代名詞を使うことに慣れてきたところだ。

「私にとっては、白か黒かというはっきりした話ではない。最初に性転換を始めたときから、エリーは決して男性にはならないと分かっていた。完全な手術をしようという考えは一度も持っていなかったから。今はまた新しい何かの『中間』にいる。それでも、エリーはいつでもエリーだ」

ではエリーさんは、性転換という選択、たとえば乳房切除術を後悔しているのだろうか?

「性転換中にいろいろな身体的変化を経験した。そのおかげで私は、自分の体と前より仲良しになれた。体の変化は、私の旅の一部に過ぎない」

ネレさんも同じように楽観的だ。

「体は年齢や事故でも変わっていくもの。胸がなくなったことを悲しいとは思わない」

エリーさんもネレさんも、乳房の再建手術は考えていない。もっと難しいのはたとえば、夜中に駅のホームに1人でいる時に、男性からまた女性として扱われることだという。その男性は、脅威になる可能性があるからだ。

「その男性が私を男だと認識すれば、恐怖は感じない(中略)でも、女と見られたら危険かもしれないし、気をつけなくてはならない」とネレさんは説明する。

一方で、ネレさんの「彼女」から「彼」へ、そして「彼女」へという経験は、特に仕事面でよい結果をもたらしているという。

「私はいつも自分のことを『私はただの絵を描く女の子だ。プロの、自立したイラストレーターにはなれない』と思っていた。それが、性転換をして男になった途端、『自分にはできる』と思うようになった。トランス男性は自信が強いというのはよく聞く話で、私も同じ経験をした。その自信はこれからも持ち続けようと思う」

エリーさんとネレさんは、10代の頃からジェンダーのジェットコースターに乗ってきた。乗り心地は決して良いものではなかった。

今の2人は、次の段階に進もうとしていて、新しい生活を楽しみにしている。もしかしたらそこに、猫が何匹か加わるかもしれない。

(英語記事 From she to he - and back to she again