個人的には大村知事のリコール運動は価値あるものだと思っている。実際にリコールできるかどうかよりも、日本国民に今の大村知事の政治姿勢の問題点を知ってもらう上でもいい機会になるからだ。

 美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が中心となって始まったリコール運動には、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」を税金など公的に支援することが正しくないという動機が強く表れている。既に筆者はこの論点について、名古屋市が設置した「あいちトリエンナーレ名古屋市あり方・負担金検証委員会」の委員として報告書の作成にも協力し、個人的な意見も今まで明らかにしてきた。

 簡単に言えば、「表現の不自由展・その後」をめぐる大村知事の判断は間違っていたと考えている。特に大村知事は、今回の展示が「社会の分断」に寄与してしまう点に無関心だったのではないだろうか。

 この問題については、劇作家の山崎正和氏が2019年12月、読売新聞に寄せた「あいちトリエンナーレ 表現と主張 履き違え」以上に明瞭な主張を筆者は知らない。山崎氏は、この論考で「表現の不自由展・その後」で議論の焦点になった元慰安婦を象徴した「平和の少女像」や天皇陛下の肖像を用いた作品を燃やした動画などの展示行為を「背後にイデオロギーを背負った宣伝手段の典型」と評している。

 この「背後のイデオロギー」の存在、それが芸術という名前を借りて、社会の分断に貢献してしまう可能性があったわけである。この点について、今に至るまで大村知事の認識はあまりに甘いのではなかったか。

 検証委が取りまとめた報告書には「会長(編集部注:大村知事)によるこのような実行委員会の不当な運営に対して、事情変更の効果として、3回目として当初予定していた負担金の不交付という形で、名古屋市が抗議の意志を表すということは、必ずしも不適当とはいえず、他に手段がない以上、当委員会はやむを得ないものと考える」と結論付けている。

 この報告書を受けて、名古屋市の河村たかし市長は未払いの芸術祭負担金約3300万円の不交付を決定した。委員として報告書を提起した以上、河村市長の決定を全面的に支持するのは当然だ。

 だが、この名古屋市の合理的な決定に対して、大村知事が会長である「あいちトリエンナーレ実行委員会」が原告となって、名古屋市に未払金の支払いを行うよう求めて名古屋地裁に提訴した。非常に驚くべきことである。
名古屋市の河村たかし市長(右)と面会し握手する、「高須クリニック」の高須克弥院長(左)と作家の百田尚樹氏=2020年6月2日
名古屋市の河村たかし市長(右)と面会し握手する、「高須クリニック」の高須克弥院長(左)と作家の百田尚樹氏=2020年6月2日
 この点については、裁判で全面的に争われるだろうから、一点の指摘だけにとどめたい。この訴訟への発展にも明らかなように、自らの政治的行動が「社会の分断」を招いている意識が、大村知事に見られないのは、極めて残念である。

 単にハッシュタグ祭りでのツイート数の大小を超えて、大村知事の政治的姿勢に対する是非が広く問われなければいけない、と筆者は強く思っている。