2020年06月06日 20:20 公開

ニック・トリグル、BBC健康担当編集委員

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)が始まった当初、イギリス政府の科学顧問たちは、この状態ならば国内の死者を2万人に抑えられればそれは「良い結果」と言えるだろうと述べていた。

それが今や、倍だ。5日には、公式な死者数が4万261人に達した。これほど大勢の人が亡くなったのは、どうしようもないことだったのだろうか。それとも、本当ならもっと大勢が助かるべきだったのか。

どこまでひどいのか

言うまでもないことだが、新しいウイルスが出現すれば、必然的に大勢の命が脅かされる。新型ウイルスによる死者は世界各地にいる。

国同士の比較は難しい。新型ウイルスを原因とする死者の数え方は国によって違うからだ。

イギリス国内でも、数え方が2つある。4万人超という人数は、ウイルス検査で陽性になった後に死亡した人の数だ。

しかし、死亡診断書に新型コロナウイルス関連と医師たちが書いた人の数でみると、実際には5月末までに5万人近くが亡くなっていたことになる。

どちらの見方をとるにしても、イギリスは間違いなく、新型ウイルスの被害が特にひどい国のひとつだ。

とはいえ、イギリスの被害が突出しているわけでもない。近隣諸国でも(特にスペインとイタリアで)、人口あたりでみれば死亡率は近いものになる。

イギリスのリスク

感染力と致死性の高いウイルスが広まれば、イギリスにとって厳しい事態になることは必然だった。

首都ロンドンは世界的な国際都市だ。そこにウイルスは早い時点でやってきた。最初に感染症例が確認されたのは2月だったが、それより早い時点ですでに感染拡大は始まっていたという意見もある。

人口が大きく、かつ密集しているロンドンは、ウイルス増殖にうってつけの場所だった。国内の他の地域に先駆けてまずロンドンで感染が急増したのは、決して偶然ではない。

加えて、感染した場合に死に至るリスクが最も高い高齢者の多さをそこに組み合わせれば、イギリスの人口構成がウイルスに対して弱点となったのは明らかだ。

準備不足だったのか?

もちろん、こうしたリスクを踏まえて危険を緩和するための計画を実施するのが、有能な政府のやることだ。つい昨年には複数の専門家や専門機関による調査報告が、パンデミックに対する備えが特に充実している国のひとつとして、イギリスを評価していた。

そうだったのかもしれない。インフルエンザに対しては。

今回の感染初期に実施された対策は、いわゆる「封じ込め、遅らせ、緩和する」行動計画は、コロナウイルスではなくインフルエンザを想定した戦略をもとにしたものだった。英エディンバラ大学のデヴィ・スリドハル教授(国際公衆衛生)は、インフルエンザを想定した戦略を応用したせいで、新型コロナウイルスは封じ込めは不可能だから上手に管理しなくてはならないという考えが前提となってしまったと指摘する。

この国の指導者たちは、「事態がいかに深刻か把握できなかった」と教授は言う。

台湾やシンガポール、韓国などは違う発想から、違う行動をとった。重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)の経験から、こうした場所はすでに検査と接触者追跡のネットワークを確立してあった。すでにあった体制を今回も速やかに動かした結果、人口合計はイギリスより多いにもかかわらず、死者の合計は約300人にとどまっている。

スリドハル教授は、イギリス政府は「事態をみくびっていた」と批判する。ただし、アメリカや他の欧州政府も同様だと教授は言う。

元保健相で英下院保健委員会の委員長でもあるジェレミー・ハント議員(保守党)は、さらに批判的だ。アジア諸国の経験から学ばなかったため「政府科学顧問が閣僚に適切な助言を提供しなかった」として、「自分たちの時代にかつてない」ほどの大失敗だったという。

ロックダウン開始が遅すぎたのか

こうした批判にはどれも後知恵的な要素があると言える。しかし、準備不足だったことを考慮に入れるとしても、事態がいかに深刻か明らかになった時点でもイギリスの対応は遅きに失したのだろうか。

3月初めの時点で、政府の数理モデルを組み立てていた担当者たちは、ウイルスが予想より広範囲に広まっていると気づいていた。イタリアの窮状が日に日に伝わるにつれ、イギリス政府は次の対策を発表した

政府は市民に、手をよく洗うよう強調し、症状が出たら自宅で自主隔離するよう呼びかけるなど、いくつかの対策を実施し始めた。しかし、全面的なロックダウンが発表されたのは3月23日だった。

この間、住民の国内移動は自由で、通勤者は混雑した電車や地下鉄やバスでロンドンに大量に出入りしていた。南西部チェルトナムで毎年開かれる大規模な競馬の祭典も、予定どおりに実施された。

元政府科学顧問のサー・デイヴィッド・キング教授は、対応が「遅すぎた」のは明らかだと主張し、ロックダウンが遅れた分だけ「命が失われた」と批判している。

英民放チャンネル4の報道番組が依頼したシミュレーションによると、3月23日ではなく3月12日にロックダウンを開始していれば、1万3000人の命が助かった可能性があり、3月16日に始めていれば8000人が助かったかもしれないという。

検査体制の不備

世界保健機関(WHO)によると、新型コロナウイルス対策の鍵となるのは、何をおいても常に「検査、検査、検査」だった。しかし、イギリスはそうしなかった。

パンデミック初期には、政府は自分たちの検査能力をこぞって自慢していた。1日1000件が可能だとされていたが、たちまち3000件に増えた。しかし、感染が拡大するにつれて、必要な検査キットが足りないことがたちまち明らかになった。

3月半ばには、入院患者に行き渡るよう、市中の一般人への検査はやめることが決まった。イングランド公衆衛生庁(PHE)をはじめ各地の保健当局は当時、8カ所の小さい検査機関と自前の検査技師に頼るしかなかった。

政府が検査能力拡大のために各地の病院や大学、民間部門と真剣に協議し始めたのはその数週間後のことだった。つまり、イタリアやドイツのように毎日数万人もの患者を検査できるようになるには、4月末までかかった。

これについて最近になって下院で質問された政府は、検査体制をもっと早くに拡充していれば「有用だった」はずだと答えた。

介護施設の被害が深刻

国内で亡くなった人の3割近くは、介護施設で亡くなっている。ウイルス検査の不足が最も響いたのは、介護施設かもしれない。

ひとつの施設で5人以上が陽性となった時点でその施設での検査は中止するという対応が、4月半ばまで続いた。加えて、未発症者による伝播(でんぱ)が集団感染につながっているという懸念をよそに、介護施設の未発症の職員や入居者は、4月末まで検査が受けられなかった。

その後の研究で、一部の介護施設では陽性と判定されたスタッフや入居者の半数近くが、未発症だったという結果が出ている。

90カ所で介護施設を運営するMHAのサム・モナハン最高経営責任者は、国によるこの検査方針で命を落とした人たちがいると指摘する。

「もっと早くに検査をしていたら、死なずに済んだ人が大勢いるし、感染者のお世話ももっときちんとできたはずだ」

教訓は

医療用エプロンや手袋、ゴーグルなどの防護具は優先的に、国民保健サービス(NHS)に回された。そのため介護施設では防護具が不足し、問題の悪化につながった。

ただし、東南アジア諸国やカナダ、イスラエル、ドイツなど他国の経験を参照すると、これほど大勢が亡くなるのは決して必然ではないことが分かる。検査や防護具の確保に加え、施設から施設へとスタッフが移動しないことを、他国は意識して重視していた。

人手不足から多くの介護施設は、人材会社に依存している。

介護分野の歴史的な予算不足が、施設内の人たちの危険な状態につながったと、公衆衛生の政策責任者から自治体や病院の幹部に至るまで、関係者は誰もが同じ意見だ。介護施設がパンデミックにどう対応したか、そしてもちろん社会全体がどう対応したか、これから何十年にもわたり検討が重ねられるはずだ。

公開調査は避けられないだろう。どういうミスが重なったのかが、明らかになるはずだ。

政府の首席科学顧問、サー・パトリック・ヴァランス自ら、5月末のブログでそれを認めている。これから数年の間に私たちはこの数カ月を振り返り、今回の経験から多くのことを学ぶはずだと、サー・パトリックは書いた。次回はもっと上手に対応するため、その方法を含めて。

(英語記事 Coronavirus: Could more UK lives have been saved?