実は過去にもそうした発言をした大物政治家はいた。それは1999年11月19日、カリフォルニア州シミ・バレーのロナルド・レーガン記念図書館にて、ジョージ・W・ブッシュ元大統領が行った外交政策についての演説である。彼は「真にアメリカ的国際主義」と銘打った演説において、過去のアメリカの「寛大な」外交政策に触れ、日本についてこう述べた。

われわれは、日本を打倒した国民である。そののち、食料を配給し、憲法を書いてやり、労働組合の設立を促し、女性に投票権を与えてやった。報復を予期していた日本人は、代わりに慈悲を得たのだ。


 ただし当時のブッシュ氏はテキサス州知事であり、有力とはいえ、大統領選の共和党候補者の、そのまた候補者の一人にすぎなかった。彼が大統領に就任してからは、さすがに公式にはこの種の発言は伝えられていない。ところがバイデン氏は現職の副大統領の地位にありながら、日本に関する上記の発言をしてのけたのである。

 確かに副大統領は閑職であり、大統領が死亡するのを待つだけが仕事だと揶揄(やゆ)される。それでもやはり、公式には大統領職継承第1順位にある要職ではある。そのような地位を考えれば、失言と言うより暴言に近かった。

 「日本国憲法はアメリカ製」という見方は、実はアメリカで広く共有されている。2016年の演説時の映像には、バイデン氏の背後で何度も深くうなずくクリントン氏が映っている。ある意味で、これは戦慄(せんりつ)すべきことなのではないか。かの国の態度に、そうした「両国を対等ではない、日本を一段下に見る意識」、今風には上から目線気味に感じることがままある。捉えようによっては、単に私がひがみっぽいだけなのかもしれない、とはいえだ。

 それでも、アメリカ人にとっての憲法典とは、政治について、いわば「デモクラシー教」の神聖な経典のようなものである。だから「書いてやった相手」をどうしても対等だとは思えないのであろう。ただし、この憲法を一言一句も手直しすることなく時を過ごしてきたわれわれ自身にも、大きな原因と責任があることは言うまでもない。とにかくトランプ氏と同じく、これからもバイデン氏はバイデン氏としてあり続けよう。そしてバイデン氏がトランプ氏より付き合いやすい相手か、世界の指導者にふさわしい人物なのかについて、私は懐疑的なのである。「未知の天使より、見知った悪魔を」とまで言っていいものか、ためらわれはするのだが。

 最後に、6月に入って急速に拡大した警察官による黒人男性暴行死に対する抗議行動が、大統領選にどのように影響するか考えておきたい。

 抗議運動自体がどう終息するのか、しばらく続くのか、確かな見極めもつかない今の時点で、あまり断定的なことは言えない。しかし、意外にもこの暴動が選挙に決定的な影響は与えない可能性もある。確かに、黒人層に大きな不満が存在していることは紛れもない事実である。しかし、それは警察の暴力だけではなく、経済不況やコロナ禍も複合した不満だ。

 コロナが流行する前の10年間、黒人の経済状況は着実な改善を見てきた。11年から今年2月までに、黒人の失業率は16%から5・8%に低下し、白人の約2倍とはいえ、半世紀で最低の水準となっていた。黒人の生産年齢における就業者比率も今年2月に59%に達し、白人より2ポイント弱低いだけであった。

 だが、コロナ禍については、黒人の在宅勤務率は低いため、ウイルスにさらされやすい。結果的に、黒人層の犠牲者は人口比で突出して高くなった。学校閉鎖に伴って行われたオンライン授業でも、都心部の黒人層は郊外住宅地の中産層に比べ、通信環境や機器などの十分な準備や対応ができなかった。これらの苦境に対する不満に、警察の暴力事件が火をつけたのだ。

 ただ、元来黒人の9割近くは民主党支持者であり、先述のように前回トランプ氏に投票した黒人は8%にすぎなかった。今回の件で黒人支持者がトランプ氏を離れることはないだろう。というより、離れるも何も、とっくの昔に共和党を離れてしまっている層だからである。

 無論、黒人が「覚醒」することで大幅に投票率が上昇したり、前回の8%まで失ってしまえば、話は違ってくるかもしれない。とりわけ、ほんのわずかの票で勝負の決まる接戦州では勝敗を左右し得ないともいえない。しかし、人種や階層を問わず、アメリカ国民の間に「コロナ」「不況」「抗議運動」の3点セットによる閉塞(へいそく)感、無力感が広がるようなら話は違ってくる。
2020年6月3日、米東部ニューヨーク市で行われた黒人男性死亡事件の抗議デモ(上塚真由撮影)
2020年6月3日、米東部ニューヨーク市で行われた黒人男性死亡事件の抗議デモ(上塚真由撮影)
 そうした場合、とりあえず現政権を取り換えてみる、という方向の選択をするかもしれない。別にバイデン氏や民主党をさして好まなくともだ。また、そうした行き詰まり感を打破しようとする欲求は、1968年に「法と秩序」を掲げた共和党のリチャード・ニクソン元大統領に勝利をもたらした。80年のロナルド・レーガン元大統領の勝利も、79年末に起きたイラン米大使館人質事件をめぐるジミー・カーター政権の不手際などの行き詰まりを打破したいという感情が働いたのかもしれない。

 「陰鬱(いんうつ)な天候から脱して抜けるような青空を見たい」という漠然とした感情は、「いったん広がってしまうと手に負えなくなりがち」という点で、ちょうど新型コロナウイルスに似ている。どれほど政策を語っても、効くことはないからだ。抗議運動があと5カ月も続くとはさすがに考えにくいが、コロナの感染爆発の終息と不況からの脱出の兆しが見えてこなければ、トランプ氏の再選は危ういものとなろう。